2008年ーミラノから眺めるヨーロッパ(2)

茂木健一郎氏のいう「意思決定の問題」を鑑みるとは、不透明な世界でポジティブである権利が我々にあることを認識し、次の可能性を見つめることです。ただ、「自然の法則に反しない限り」という条件が入ります。人間の意志だけが、自然の法則に従わないわけがないといいます。

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/

2009年、「これからが悪化の本番」と予想する人たちが多いですが、それをなぞっているだけでは、良くなりようがありません。突破口となるべき場所を探すのが、まず最初です。

前回に引き続き、2008年に書いたブログを過去から辿っていきましょう。3月6日から書いた「2008 ミラノサローネ」は、我ながらしつこく書いたと思います。ミラノサローネやデザインの意義やデザインにみる文化差について、5月まで書き続けました。

http://milano.metrocs.jp/archives/108

以下が最終回です。

http://milano.metrocs.jp/archives/212

実は、この時期、『ヨーロッパの目 日本の目ー文化のリアリティを読み解く』の原稿を書いていた時期です。「欧州文化の見方を知る」という章は、本の原稿をまとめたものです。ミラノサローネについて考えながら、一方で、欧州文化理解の入り口探しについて書き連ねていたわけです。実を言うと、当初、本の原稿にはミラノサローネの部分がありませんでした。これは後になって、「このミラノサローネはブログはリアリティがあるから入れましょう」と編集者から提案があったのでした。

この「2008 ミラノサローネ」を書いたことで、今まで見知らぬ人だった人が、「知った人」にもなりました。随分時間がたち、初めて会った人が、このブログを読んでくれていたことが、「えっ、貴方だったのですか!」「えっ、ぼくのブログを読んでいてくれていたのですか!」と、全く偶然に分かったことは2度や3度ではありませんでした。それだけ、ミラノサローネが気になる人たちには気になっていることが分かります。

2009年も書こうと思います。「ミラノサローネ 2009年」というタイトルになるでしょう。あるいは、もう少し捻ったタイトルにするかもしれません。いずれにせよ、2月の終わりごろから不定期的に書くことを考えています。サローネに登録していたが辞退というような動きが出てくるかどうか・・・そのあたりから、いろいろと考え始めようと思います。膨張しすぎたミラノサローネの適正化という意味で、そうした動きを肯定できるかどうか、それはデザインのあり方を考えるに絶好の機会を提供してくれるかもしれません。

この「2008 ミラノサローネ」の次に書いたのが、「ぼく自身の歴史を話します」です。6月初めから7月中旬近くまで26回にわたって書きました。1980年代後半、ぼくがどういう思いと意図をもって何をやろうと考えたか、そして、どうやって1990年からイタリアで生活を始めたのか。その後、どういう経験を積んできたか。「欧州文化理解」をぼくのメインテーマと捉えるまでのプロセスを語りました。

http://milano.metrocs.jp/archives/216

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Category さまざまなデザイン | Author 安西 洋之