2008年ーミラノから眺めるヨーロッパ(1)
Date:08/12/27
また、茂木健一郎氏ブログ「クオリア日記」からの引用です。
<ここから>
あることの真偽が明らかではないとすれば、それを信じるかどうかは、意志決定の問題になるのだから。
私たちは、人間が出来ることの限界について皮肉になるのではなく、ファラデーのように、この世界の法則から来る限界を十分知りつつ、可能性の方を重視したらどうだろう。
素晴らしすぎるからといって、それが本当でないということはないのだから。
<ここまで>
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/
この秋から世界に吹き荒れる猛烈な強風のなか、2008年のまとめのブログを書くにあたり、実に気分的にマッチする茂木氏の一文です。『生きて死ぬ私』 という彼の著書のなかにあるようです。茂木氏のいう「意思決定の問題」を鑑みながら、この1年にぼくが書いた「さまざまなデザイン」を何日か連続で1月から連載ものを中心に振り返っていきましょう。(途中でサーバーを乗り換えたら、写真がずれているものがあります。それはお見逃しください!)
1960年代、フランスの工業デザイナーとしてトップクラスに躍り出たピエール・ポランとのインタビューを「ピエールポランに会いに行く」という形でまとめました。トゥールーズから2時間ほど山に入った彼の自宅で、一晩飲み明かしました。世界大戦で荒廃したフィンランドでアールトの作品に触れ、デザインの道に入ります。何代かのフランス大統領が主のエリゼ宮のインテリアを手がけましたが、1960年代の彼の代表作を通じ、若いフランスのデザイナー達からスター的に見られている・・・それは何故なのか、ここに色々なヒントがあります。
http://milano.metrocs.jp/archives/34
通算700万脚以上の大ヒット作「プリアチェア」をデザインしたジャンカルロ・ピレッティ。1970年代、ロンドンで実施された椅子の目隠しテストで中位だったのが、目隠しをとると1位でした。ピレッテイをこのように語ります。
「・・・・ということは、選ぶのは目であって、必ずしも座りごこちではないということになるね。第一印象は外見にある。このタイプの椅子は、他の用途の椅 子とは違い、座りごごちは優先されない補助的なものだ。 長時間座るものではない。よって外観で選ばれたのです。これはすごいことだよ」
「ピレッティと語り合おう」のタイトルで連載しました。
http://milano.metrocs.jp/archives/84
イタリアが大昔からデザインの中心地であったわけではありません。1950年代、ミラノを中心とした若手実業家と才能あるデザイナー達が果敢に新しい素材や技術を使って挑戦をスタートさせた。それがスカンジナビアからイタリアに欧州のデザインセンターが移動した大きな契機でした。プラスチックデザイン製品のトップランナーであるカルテルの創業者にインタビューした内容を、「スカンジナビアからイタリアへ」としてまとめました。







