ミラノサローネ2017 (6) 「発見感」という感覚

今年の連載では、欧州で生まれたHuman Centered Design が米国で User Centered Design になり、このHumanとUserの差に注目しています。なぜなら、狙っているテーマである「意味のイノベーション」はUser ではなくHumanをベースにしないと成立しないからです(このイノベーションでは人としての向かいたい方向=視野の角度、が一番大事)。欧州のイノベーション政策のデザイン関係の公式文書では、デザイン思考のおかげでより定着したUserを使っていますが、欧州においては(Userではなく)Humanを起点に考えることが定着しているので、この差を承知したうえで「ビジネス的に引きの強い」Userをあえて使ってもさほどギャップはないであろう、と考えている節がありそうです(このあたりの事情は、今月後半にでる新著「デザインの次に来るもの」を読んでいただくと分かります)。いずれにせよ、Humanという言葉を全ての出発点におく、という視点でフオーリサローネを見てみます。

例えば、この路線でブレラ地区で展示していたパナソニックを見てみると、まず”Electronics Meets Crafts” というタイトルがひっかかってきます。パナソニックという会社を主体としているので当然のようにElectronics が主語になっているのでしょうが、Humanを起点とした場合、少なくても主語はCraftsになるのが自然な発想です。Craftsが長い歴史のなかで生き残ってきたのであるとすれば、新参者のElectronicsとどう邂逅したのか?という文脈の理解が、欧州文化に馴染んだ人たちへのメッセージを考える際に必要になってきます。これは単なるタイトルの問題ではなく、プロジェクトを進めるにあたり思考プロセスの優先順位の問題になってきたはずです。そうすると、確かに美しい演出はしているけど、「で、どうなの?」という疑問がすぐ出てくるわけです。これだけの仕掛けでやるのならば、ElectronicsとCraftsの邂逅との組み合わせの妙以上の理由が、あるいは意味が見る人に伝わらないといけない。しかし、残念ながらそうとは思えない(少なくても、ぼくにとっては)。それは、やはり出発点が悪かったのではないか、と考えざるをえないのです。

この展示をみた後にブレラのアカデミアの外にある庭に出ると、家庭雑貨のguzziniの展示がありました。ガラスの食器がフワフワと浮いています。このフワフワだけでなく、いくつかインスタレーションがあるのですが、なんというか、「発見感」があるんですね。

このガラスを通して庭を眺めると、当然ながら現実の風景は歪んできます。まったく普通のキッチンにある食器が、外でこれだけの世界を見せてくれるのです。

意味のイノベーションは、「心の記憶に残る」モノ・コトの開発を目指すものです。guzziniのようなイラストレーションに出会う回数を増やすのは有効でしょう。

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Category ミラノサローネ2017 | Author 安西 洋之