スカンジナビアからイタリアへ(1)

ミラノはデザインの中心地だとおだてられてきて(苦笑)、「でも、それに相応しいデザインセンターがない」ことに焦りを感じていました。昨年12月、トリエンナーレの常設展示場ができて、ほっと一息というところでしょうか。ポランとの対話のなかでも書いたように、1950年代まではデザインといえばスカンジナビアが偉かったわけです。そのまさしく1950年代にイタリアのデザインが「よ~し、俺たちもやるぞ!」とがんばりはじめたのです。

krt

アンナ・カステッリはカルテルの製品をもっとも多くデザインした一人ですが、創業者の奥さんでもありますね。カッシーナ、アルフレックス、カルテル、このあたりがイタリアデザインの先頭集団を組んだのですが、今週は、3年ほど前に創業者のカステッリさんと会って話した時の内容も引用しながら、あの時代の心意気に触れてみましょう。

いやね、実は50-70年代に活躍した色々なデザイナーと話しているうちに、「ヒット作でお金が儲かったのかなぁ」という素朴な疑問がでてきたんですよ。「いやぁ、そのときの契約書はいい加減だった」という話が多くてね。そのうちに「イタリアデザインはデザインフィーをロイヤリティにしたから発展した」という意見にもぶつかり、「1950年代にデザインロイヤリティを導入したミラノの弁護士がいた」という証言(?)まであり、これはカルテルの創業者であるカステッリさんにも確かめておこうと思ったのですね。

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

Category さまざまなデザイン, スカンジナビアからイタリアへ | Author 安西 洋之