ミラノサローネ2016(4) トリエンナーレの「Neo Preistoria」(新先史時代)

戦後、イタリアのデザインがスカンジナビアを超えたのは「人、モノ、空間」を重視したためだと(2)に書きましたが、住空間への目の配りようには並々ならぬものがあります。10年以上前に今は亡きガエ・アウレンティと話したとき、「私は(自分のデザインした)空間を前提としない家具や照明器具はある時からデザインしないことにした」とクラシックな言葉を聞き、そこに底知れないプライドを感じたものです。モノだけが先走ることを良しとしないというのは、コンテクストを重視することですね。つまりイタリアデザインはハイコンテクストの性格が殊更強い、ということになります。

そのポイントをもう一度見つめなおそうというのが、トリエンナーレ美術館で開催している「Stanze」です。これは意欲的であり、イタリアデザインを実感させてくれる展覧会です。特に各ルームのコンセプトが、どの本にヒントをもらっているとの説明は抜群に面白い!これを読まないと、この展示をみた意味はないでしょう。


さて今年のミラノデザインの目玉はトリエンナーレの復活です。トリエンナーレ美術館だけでなくさまざまな場所で分散して実施されますが、上記の「Stanze」以上に身体にドスンとくるのがトリエンナーレ美術館での「Neo Preistoria」(新先史時代)です。アンドレア・ブランジと原研哉が100の動詞を選んで、それにマッチしたモノを展示しています。まだ人類が服をまとわずに活動していた頃からの動詞ー「殺す」とかーからスタートして「仮想する」「極小化する」という現代まで至ります。他の展示を見なくても、この展示だけは見逃してはいけない。そういうレベルです。正直なところ、トリエンナーレ美術館は昨年のアートと食の展覧会がものすごく良かったので、冒頭で紹介した「Stanze」以外はやや残念な感は否めない。でもその残念さを帳消しにしてくれる力が「Neo Preistoria」にはあります。

この展示は鏡に囲まれた暗い空間に、一つの動詞がイタリア語、英語、日本語で記載されており、その意味も説明があります。その横に黒い台の上にガラスの展示ケースがあり、その中に展示品があるー小さなモノはーという形式をとり、番号順に1から追っていけばよいようになっています。これを見ながら気づいたのは、遠い昔の石を使った道具の時代にある動詞ー「磨く」-は、イタリア語、英語、日本語、どれをとっても共通の文化要素であることがあまり考えずに理解できます。これらはアンドレア・ブランジも原研哉もけっこうスムーズに言葉のリストアップができていったと思います。 しかし、現代に近づいてくると、2人の協業はどうだったのか?という興味がわいてきます。「拡張する」(expand)とか「極小化する」(minimize)というのは、日本語では一言の動詞ではありません。一方、イタリア語と英語は一つの動詞です。原研哉が最初から英語なりでリストアップしていれば違いますが、どうも日本語の言葉をみていて、そうではない印象をもったのです。

「あっ、近代哲学が日本に輸入された時の苦労そのものが表現されているな」と感じました。欧州近代哲学が日本で定着しづらかったーあるいは結局において定着することはなかったーのは、欧州言語においては日常的な言葉であるにも関わらず、日本語に翻訳するに際して対応する言葉がなく、漢字で熟語を作ったわけです。抽象的な表現は殊にです。この翻訳努力が文明開化を完遂させた一方、思想的なエッセンスは身に着かなかったーいわばコンテクストなしの言葉ではコンセプトを総体的に理解するのは難しい.ーという反省を強いることになりました。その延長線上に(やや無理な)日本文化への固執があるのですが、まったく企画者が意図していなかったであろう日本近代の歪んだ点を、この展覧会で日本語を理解するぼくは確認せざるをえなかったのですね。

コンピューターにせよ、ヴァーチャル世界にせよ、イタリア人も英国人も動詞として掴んでいる。でも日本語の世界では、やや遠回りした硬い漢字で理解しないといけないわけで、「これは極めて不利だなあ」と思わず独り言を言ってしまいました。グローバル化が進んでいるITの分野になればなるほど、かつてあった共通性の高い「動詞という性格」の道具が文化性を帯びてくるというように見えてしまうパラドックスがある。不思議な感覚です。

いずれにせよ、鉄器時代や石器時代という時間や地域のカテゴリーから石や鉄の道具をみていくのではなく、「研ぎ澄ます」「渡る」「崇める」「射る」といった動詞からモノをみると一瞬にして世界の歴史を身体で感じることができる、というのは今後いろいろなモノをみていくときの参考になる見方です。名詞ではなく動詞で世界を掴めとか頭では分かっていても、なかなかできるものでもない。でも、その癖をどうやってつけていくか? そのヒントは十分に得られます。

 

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Category ミラノサローネ2016 | Author 安西 洋之