ミラノサローネ2015(2)  デザインウィークとは何か?

この何年か、ミラノのデザインウィーク中、大がかりな展示をするカーメーカーは、日本のレクサスと韓国のヒュンダイしかありません。今年、アウディがファッションストリートであるモンテナポレオーネ通りの路上とちょっとしたスペースを使って展示していました。あるいはシトロエンも路上や野外スペースで一目を惹く展示をしますが、レクサスやヒュンダイは屋内のそれなりの大きさのスペースを使って展示をしています。それだけクルマのメーカーが、この期間を利用して現行商品以外を主体にメッセージを出そうとするのは一般的な戦略になっていません。

レクサスは10年近くカタチを変えながらやっていますが、レクサスのブランド力向上のためよりも自身の勉強のためではないか、と第三者的には解釈しています。ヒュンダイはレクサスの後追い的な表現をしておりー暗い空間でアート的表現をみせるー、これはやや首を傾げざるを得ない。そういう状況のなかで今年はブレラ地区にマツダが屋内展示をしました。一見、ディーラー展示とあまり変わりません。確かにインハウスがデザインした自転車やソファが展示されているのが通常ディーラーと違うと言えば違いますが、メルセデスのギャラリーと同じと言えば同じです。

壁にはビデオがあり、デザインチームの仕事ぶりが見えることになっています。現在、マツダのクルマの評価は高く、日本におけるPR戦略も気が利いている印象があります。しかしながら、残念ながら、この会場のビデオから同様のインパクトは受けません。「我々のものづくりへの情熱は深い」と英語の字幕で伝えるってあまりに芸が無さすぎます。表現が陳腐すぎる。

また、ぼくは展示のオープニングに行かなかったのでよく知りませんが、どうもヴォーグとファッション畑のコラボベントを実施したようです。推測で書くのは、二階にのぼるとビデオがあり、そこをみるとオープニングの様子から「何かやったんだな」とは分かります。だが音声はないので字幕をみるしかなく、その字幕を読んでも人の名前が分かる程度で何をやったのか分かりません。そもそも二階にあがる階段にろくに説明はなく、案の定、一階にはそれなりの人がいるのに二階には誰もいませんでした。

ぼくが思ったのは、ミラノのデザインウィークの文脈を読み切れていないのでは?という点です。特にその文脈におけるクルマの位置づけです。あえて言えば、ヨーロッパにおける車産業の位置づけです。これはぼくが25年前にイタリアに来た当初から感じていたことですが、欧州では日本ほどに優秀なエンジニアが車メーカーに集まっていない、車産業が欧州文化のセカンドクラスと見なされている。特にジュネーブのモーターショーに出かけると、この感覚がよくつかめます。一方、プロダクトデザインの世界も微妙な位置にあります。建築家よりは下に見られ続けてきたし、いわんやアートの世界からは視野に入っていないかのようです。したがってアート的なアプローチをすると違和感があるというか、無理が透けてみえてくるのです。そこで開き直りをして、ブランドファッションストリートで上品さなどくそくらえと派手目に登場しているのが、アウディでありシトロエンであると言えます。

マツダのデザインチームは、このようなことをどれほどに踏まえたのだろうとぼくは思ったわけです。そしてデザイナーの熱い思いは日本の文脈ではよく分かるのですが、モノづくりに魂を込めるとは表現しない欧州人は、あの動画の表現をどう読むだろうか。仮にその差異を前提に「一歩踏み込むつもり」であったならば、字幕で出す言葉はもっと練られたものにすべきだったのではないかと思います。一生懸命に「欧州に我々の躍動感をそのまま伝えたい」という姿勢そのものに、マツダともあろうメーカーが存在がそうなの?という風に解釈されてしまう。このあたりのギャップを理解するのに、ルイ・ヴィトンの見せ方を対照させてみましょう。コルソ・ヴェネツィアの格式ある建物を「知り尽くした感」がある展示です。何人かのデザイナーにメーカーの皮革を使ったものをデザインさせている。

 

あのブランドの力をして当然と思わせる。「デザインウィークってこう出るんだよ」という自信が出ています。ぼくが、これをみて思ったのは、「こういうブランド力あるメーカーはデザインウィークに毎年登場する必要はまったくないんだ」ということです。業界を超えて顔出しするのは余裕のない証拠とさえ見られる。ただ、やるとなれば決定版を見せつける・・・。このメリハリの良さが求められる良い事例です。レクサスは毎年出ることがマイナスなのではないか?と思わせるし、マツダはもっと派手目路線にシフトして商品プロモーションよりにしてよいのではなか?と考えさせるのです。逆にデザイナーの勉強であるならば、もっと簡易的なスペースでワークショップをやればいいのに、と思います。それを実現しているのは一例がミニです。

小さな雑貨から街づくりまでをテーマに会場でワークショップをやっています。同時にそうしたワークショップで生まれた結果を展示しています。カジュアルな空間でカジュアルな手法を採用し、ミニが展示されていないのに、ミニのブランドや世界観がとてもよく伝わっています。車業界なのに知的でさえある!トルトーナ地区でぼくが一番印象に残ったスペースでした。気の利いた人たちは、自転車やカーシェアリングをどんどん利用するようになっているトレンドを踏まえながら、ミニはさりげなく存在感を醸し出しているのです。ドレスアップではなくドレスダウンを表現した時に人となりがよくわかりますが、これは企業の実力についても同じように適用できるのです。クルマそのものに位置、ミラノの街、ミラノのデザインウィーク、それぞれのコンテクストの理解なしにデザインウィークに参加するデメリットをよく考えるべきだと痛感します。

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Category ミラノサローネ2015 | Author 安西 洋之