僕がイタリアを語り始めたちょっとした経緯

いつの間にか、文章を書くことが多くなりました。今年定期的に書く場が紙とネットの媒体で6-7はありますが、自分の考えていることの妥当性をビジネスのために確認するというのが、そもそもの目的でした。いろいろなところで書いていますが、2008年に「ヨーロッパの目 日本の目」を上梓したのは、その数年前からアイルランドのユーザビリティやローカリゼーションをテーマとする会社と一緒に日本の自動車や電子デバイスのメーカーと付き合っているうちに、ふつふつと湧き出てきた僕自身の欲求でした。マーケティングや販売の担当はさておき、商品企画やデザインの人たちが異なった文化を理解するすべをあまり身に着けていないことに気づき、ヨーロッパを例に「文化ってこう理解するといいですよ」と語るためです。決して文章で食っていく、というわけではありません。ただ、最近、僕自身のネットとの付き合いの歴史を聞かれたとき、ふと思い出すことがありました。

僕がイタリアに来て一貫して注意していたのは、「イタリアだけを売りにするタイプ」にはならない、ということでした。また、イタリアと言えばアレ、というのも当初避けていました。トリノでクルマやトスカーナで文化センターのプロジェクトに関わっていれば、十分に「イタリアと言えばアレ」ですが、僕の気持ちとしてはそこに浸るのを微妙に避けていました。ミラノに来てもそうで、スタジアムなどの構造設計で著名な事務所のプロモートの一端を担ったのも、サローネに代表されるミラノの家具デザインビジネスと距離をとりたいとの気持ちが引っ張っていたのでしょう。例え家具やデザインプロダクトといえど、十分に知られた名前やカタチであっても、より「イタリアを超えている」ことが、僕の心の落ち着くところでした。あるいはオンオフの手作りではなく量産であることにこだわってきたのも、そのあたりの指向と重なります。

ネットの付き合いの履歴のなかで思い出したのが、メーリングリストです。パソコン通信には嵌らなかったのですが、メーリングリストには相当に熱心になりました。90年代末にあったビットバレーのメーリングリストやそこから派生したもの、はたまた別のテーマ・・・いろいろなところに顔を出したのは、「イタリアをテーマにせずにどこまで自分の考え方で人を説得できるか?」を知りたかったのです。そうはいっても、「イタリアの例では・・・」というフレーズはどうしても出てきます。第三者からみれば「またかよ」と思われていても、僕としてはギリギリのところで抑えていたつもりでした。その後、2004年頃からSNSの時代に入り、やはりいくつかの場所で自分の表現の領域の設定をさまざまに試みてみました。そうした10年近いトライアルを経て本を出したことになります。ネット以前は、紙媒体より原稿を依頼されるにはすでに世に名が出ているか、プロの書き手であることがふつうだったのです。しかも、僕はビジネスプランナーとして黒子に徹することを信条としていたこともあり、ビジネス以外の目的で人に見せる文章を書くことはほとんどありませんでした。

とにかく、長い間、イタリアのことはたくさん語り書いても、「イタリアってこうなんですよ」というポイントだけで話が終わらない・・・ということは考えてきました。最初の本がイタリアではなくヨーロッパまで範囲を広げたのもそうだし、二冊目の「マルちゃんはなぜメキシコの国民食になったのか」はイタリアを主要舞台にしていません。三冊目の「世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?」においても、イタリア企業はとりあげた企業の20%程度におさえました。しかし、僕の何気なく用いるケースが圧倒的にイタリアの現象であるのは否定のしようがないし、本や記事を読んでいらっしゃる方が「イタリアの経験ね」とみることに抗弁する気はありません。

これほどに長い期間、「イタリアの・・・・」というポジションを避けていた僕が、一昨年から「イタリアオヤジの趣味生活」という連載を書いている。たまたま編集の方とジャカルタを走っているタクシー車内で、そういう話になって書き始めたという「人生の不思議」みたいなものがあることは脇においておくなら、僕自身のなかで「そろそろ、イタリアについて語っていいかな」との心が芽生えはじめたのもあります。1990年にトリノに来てビジネスプランナーになるべく師事した宮川秀之さんというイタリア生活文化の体現者を身近に見ていた僕ごときがイタリアを語るのはおこがましいと思っていた。いや、今もそういう気持ちは十分にあります。宮川さんがジュージャロと一緒にカーデザインビジネスのトップをきわめ、黒澤明と人生を語り合う生活をしていたからではなく、毎日が冒険的な生活になるべく本能的に動いている人を前にして、何を言っても僕自身の浅さを感じてしまうのです。といって、いつかは僕自身もイタリアを語らないといけない時があると感じ始めていたわけです、数年前から。

やっぱり、語るのは難しいです。特に語りつくすのは不可能に近いです。そんなことをいくつかの記事の締め切りを前に考えています 笑。

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Category ローカリゼーションマップ, 僕自身の歴史を話します | Author 安西 洋之