谷川俊太郎・作 松本大洋・絵『かないくん』を読む

先月、『かないくん』を郵便で受け取り、一読した後、「えらいもの読んじゃったなあ」と思わずひとり言が出ました。ちょうど先月2回目の日本滞在からミラノに戻った翌日のことです。この本には副読本があるのに気づき、手にとってみました。監修をした糸井重里さんの言葉があります。

いよいよ『かないくん』が、みんなのところに届くことになった。その日を待ちながら仕事をしていたのだけど、しかも、それはとてもうれしいことなのだけれど、ほんの少しだけさみしい気持ちが混じっている。

釣りをしていて、思ったように魚が釣れて、それをもといた湖や川に放すことを「リリース」というのだが、そのときの気分に似ている。だって、その魚に出合うために釣りをしていて、釣りあげて出合ったのに、そいつと別れるということだからね。

そう、釣り糸を垂れている自分の前に、その稀少な魚がやってきた感じだったのです。その気持ちを何と表現して良いのか、なかなか分からず、1か月少々が経ちました。子供の時に出合う「死」を2つの視点からみるなんて考えてもみなかった。だいたい、この本を読んで、漢字の多い観念的な文章なんか書けないじゃない。ひらがなの多い文章が自然と出てくるまで待つことにしました。。

そういえば中学から大学にかけて何人かの友人を亡くしたけど、その時、自分が悲しかったんだ、ということをだんだんと思い出してきます。事故、病気、自殺と原因はいろいろだけど、ご両親はどんな想いでわが子をあの世に送ったんだろうとは、たぶん、ほとんど考えていなかった。今、10代や20代の人の死に接すると、まっさきに、こんなにも若くして子を亡くす親の辛さを思うことのほうが多いです。涙は下に流れるけれど、行き先が違うんじゃないか。

この年齢にして、太平洋の島々や中国本土に若き青年たちを送った戦争のむごさに、あらためて思いを馳せることになります。「若き青年」であったときは、人を殺す無意味さや戦場にいく怖さにばかり関心が向きましたが、年齢がふえ自分が子供を育てる立場になると、自らは死ぬ可能性が少ない地に留まるやるせなさが気になります。

また、別のことも思い出します。ぼくが日本のサラリーマンをやめてイタリアに向けて成田空港をたった1990年2月最後の日、友人と両親が空港に送りにきてくれました。その日、ぼくは新しい世界に向けて期待に胸を膨らませ意気盛んだったはずですが、友人が放った「発つ人間よりも、残される人間のほうが辛いんだよ」という言葉は、その後、何度も反芻することになります。

この1か月少々、ものすごく多くのことが胸を去来しました。先月、親父をあの世に送って以来、ぼくに伴走してきてくれたのが、「かないくん」です。

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Category 本を読む | Author 安西 洋之