ミラノサローネ2014(2) 白は挑戦的な色なのか?

ちょっと忘れないうちにメモを書いておきましょう。

サローネの最終日、ドゥーモ近くのバールでインドネシアから来たデザイナーと雑談していると、こういうことを言われました。

日本のデザイナーは北欧市場とは相性が良いだろうけど、他の地域では苦労するでしょう。インドネシアで友人たちが、「MUJIも、もっとカラフルなら買うのに」って言うのですよ。日本のデザイナーはミニマリズムな表現以外がとれないんですかね。

前回、日本人のデザイナーで欧州(全域)でちゃんと売れる家具を作れるのは nendoと田村奈穂さんの2人(nendoは組織の名前ですが)くらいではないかと書きましたが、その話をインドネシアのデザイナーに話したら、とても納得するというわけです。「いやあ、言われたなあ」と、その指摘の的確さ(日本の人はインドネシアのデザインは遅れていると思うかもしれませんが、こういう目については狂いがないところに注意を向けないといけないでしょう)にぼくは深く頷きました。MUJIを評価することと、白、グレー、アースカラーの世界を評価することは別にならないといけないタイミングにきているにも拘わらず、そこから一歩出る必要を感じていない。それは問題じゃないかあ、と思います。カラフルなMUJIを欲しがるのはコンセプトが分かっていない、というのは色に対して逆に鈍感になっている証拠ではないかとも考えるのですね。

その数日前、レクサスの展示会に出かけた時、ぼくはMITメディアラボの石井裕さんに「この作品はどうして白なんですか?」と伺ったら、芭蕉や原研哉の世界にある白だと説明されました。そういう「すべてを受け入れる」世界の白の意味はぼくも分かるのですが、この数年思っているのは、白で表現する世界や白が主張する世界がどうも「逃げ場」を作っているのではないか?ということです。すべてが逃げているわけではないのですが、逃げの姿勢が見え隠れすることが多ければ、表現者には白をあえて使わない態度があっていいのではないかと考えるわけです。それをぼくは石井さんの感性に期待したのです。

欧州トレンドでいえば白は工業製品のなかで重要な位置にこの数年で上り詰めた有望株です。これまで白は営業車扱いだったのが、高級スポーツカーも白をイメージカラーに採用するし、電子デバイスもiPhoneの影響を強く受けて白は一気にステイタスを高めました。しかし、ぼくはその次元で白を語っているのではないです。多様性を白で表現するというアプローチは定着しているのだから、多様性をカラフルに、しかし「静かに」(←これが大事)に表す努力がもっとあっていいんじゃないか、ということなのです。

サローネが終わった2日後、レオナルド・ダ・ヴィンチ博物館でファブリカの写真展のオープニングがありました。2012年に世界で一番大きい精子バンクで赤毛のドナーを拒否すると発表したニュースに関心をもったファブリカの女性カメラマンが、欧州の赤毛の男女を200人以上写真にとり、48人の顔を写真集にしたのです。その展覧会です。赤毛は欧州において歴史的にネガティブに捉えられてきたため、赤毛の人たちはマージナル意識を強くもっていたようです。したがって精子バンクのニュースは、その後撤回に至ったにせよ、実に社会性を帯びる結果になったわけです。赤毛という一つで、これだけインパクトのあることができるんだ、とぼくは感心して、この女性カメラマンと話したのですが、その時にぼくの頭によぎったのは、白の問題です。

尚、ここにある写真はファブリカのHot&Coldの展示風景です。

そう、そう、サンケイBIZにサローネについて、クールジャパンの参考としてコラムに書きました。

http://www.sankeibiz.jp/macro/news/140420/mcb1404200600001-n1.htm

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

Category ミラノサローネ2014 | Author 安西 洋之