吉原真里『ドット・コム・ラヴァ―ズ ネットで出会うアメリカの女と男』を読む

「石原裕次郎になるんだよ。世界観とか夢なんか、生きているうちに変わっていくものだ。そんなのあてにならない。君がこの女性をどうしても捉まえておきたい!そばにいないとそわそわして仕方がない、という動物的な感覚がなく伴侶を決めようなんてダメだ!俺は今だって女房に対してそう思っている」

結婚を決めたとボスに報告した時の強烈な一発でした。

「どうして決めたんだ?」と聞かれたので、ぼくは「彼女となら価値観や目標が共有できるそうだから」と小賢しく説明したのです。そうしたら、ガツンとやられたわけです。「もちろん、そういう気持ちがあるから・・・」と言葉をついたのですが、ボスの待っていた言葉が最初に出なかった。なにも彼を喜ばせたいとかいうことじゃなく、たき火を消すのに注射器で水を正確に差そうとするようなアホさ加減に自分でウンザリしたのですが、「結婚というのは約束なんだ。約束は守ることに意味があるんだ」と言われ、ぼくは結婚の2つのエッセンスを身体にドーンと投入され、かなりあたふたした覚えがあります。20数年前のことながら、今でも「人生冷や汗もの回想シーン」の筆頭にあがります・・・ということで、ぼくの男女論のベースはここにあります。

男女が知り合うにはいろいろな手立てがありますが、オンライン・デーティングもその一つです。ネットの「出会い系」で知り合うことの是非は、ネットがリアルの人間関係とまったく関係のない点にコネクトするために生じるリスクー信用の裏書がとれないとかーが懐疑派の上位にくるだろうと思いますが、本書を読んでいて感じたのは、「別れの突発性」という特徴です。リアルでの「オフィシャル」(あるいは実名のオープンなネットコミュニティ)な人の輪のなかでできた関係に比べて、相手が別れを切り出してくるタイミングが読みづらく、どうしても突発的に持ち出されることになってしまうことが多いということです。そして「突発的にくる別れ」と「偶然の再会がリアルで生じにくい」が表裏一体の関係になっています。

著者は話を面白くするためでしょう、男性に振られてそれを自分はどう客観的に受け止めたか? 一つ一つの別れを丁寧に書いているのですが(ただ筆者が振った数も少なくないと思われるが・・・)、別れた後も友人として長く付き合っている男性が多いと言いながら、やはり偶然の再会やその後の彼の噂を聞けるメカニズムが成立しづらい寂しさは拭えていないような気がします。しかし、本書でのもっと大きなテーマは、「人生が分かってくる」ことと「人生のパートナーの決め方」の関係です。

数回前のデートのときに、お互いの過去の恋愛の話をしていたとき、私の10年以上も前のボーイフレンドとの関係についての話になった。その彼と私とは、生い立ちも性格もなにもがまるで違う二人だったが、大学院での勉強を始めたばかりの初めの数年間の、精神的にとても辛い時期を共に過ごしたぶん、お互いのいいところも悪いところもさらけ出す、濃厚な関係だった、というのが私の話の主旨だった。私がヴィクターにこの話をしたのは、男女関係の密度というのは、性格がどれだけ合っているかなどということよりも、共有する時間や経験の密度によるものだと思う、ということを言うためだった。だが、ヴィクターはこの話を聞いてまったく違う解釈をしたらしい。「その相手とそんなに濃密な関係をもったんだったら、僕なんかじゃなくてその人と一緒になるのが君にとっても幸せだろう」というのだ。

濃密な時間をもつに相応しい相手なのか、濃密な時間をもつことによってパートナーが決まるのか、ということでもあります。筆者はこのヴィクターという男性との別れから、こういう感慨を持ちます。

どうしても、歳をとるにつれて、自分が心底受け入れられるものや共感できる相手というのは、より限定されてくるという気がする。自分の求めるものが特定化されてくるにつれて、「ケミストリー」といった、言葉にしにくいようなものも、実際どんどん重みをもってくるのかもしれない。(中略) そう思うと、ヴィクターと結ばれなかったことよりも、自分の将来全般について、なんだか悲観的な気分になってくる。

筆者は1968年生まれで2008年の出版なので30代後半から40代に差し掛かる時の文章です。年齢を重ねるにしたがい自分の好みや自分で変えられないところも分かってきます。パートナーの選択肢はどうしても少なくなります。だからこそ、共有する時間や経験でもなく、世界観や価値観でもなく、「あなたと一緒にいたい」というどうしようもならない気持ちになる相手との出会いの意味が重く深くなるのです。逆にいえば、その意味が分かるからこそ、「一生を棒に振る」中年男女の悲劇と喜劇が成立する・・・・。

本書をネット社会論や現代米国文化論として読むのもいいですが、恋愛論として読むのがまっとうではないかとも思います。

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Category 本を読む | Author 安西 洋之