ジェイムズ・L・アダムズ『よい製品とは何か』を読む

ぼくはかなり長い間、クラフツマンシップが大量生産を支えるという論理に疑いをもってきました。手工芸品の世界と大規模ビジネスの間にあるギャップは大きく、これを一つの世界観で捉える無理を感じてきたのです。伝統工芸にみるような日本人の器用な手が素晴らしいディテールを表現し、その結果、高品質な大量生産品も実現したとの精神論の強い自画自賛的な物言いにウンザリしていたのが正直な気持ちです。しかも時代とともに「高品質」が「過剰品質」と変換されるに及び、「ああ、やっぱりそこにいっちゃったなあ」感が強い。それが1990年代以来の「ものづくり」論議に馴染みにくいぼくの心情であったというわけです。

だからモノとコトで構成された世界を広めていくとの方向にビジネスの舵をきることを盛んに説き、しかし、その一方で造形力が軽視されて良いわけがないことを強調してきました。その時の造形力はクラフツマンシップを含まないわけではないが、あまり大きな部分を占めず、どちらかといえばデザインの美的な側面に目が向いていました。が、今年に入って徐々に考え方が変わりつつあります。しばらく前に書いた「生産性の低さは思考の深さの表現か」では、「緻密性の要求される分野では緻密性を捨てる必要はなく、課題は緻密性の要求されない分野で緻密性をどう捨てていくか?」とのポイントにアクセントをおきましたが、クラフツマンシップへの理解を深める必要を自省しながら考えはじめました。

クラフツマンシップとは、特別にいいものをつくるためのプロセスだ。「フィット(部品間の段差や隙間が少ないこと))・アンド・フィニッシュ(仕上げ)」、細部へのこだわり、丹念、そして誇り。
工業製品の生産において、クラフツマンシップを無視するのは愚かなことだ。長い目であれば、自殺行為である。

こういうフレーズを読んでかつては「ああ、またこれか・・・」と嘆息せざるを得なかったのですが、世界的に徹底してコスト管理された普及品が充満している現実への危機感ーそれは人のものを見る目や考え方があまりに凡庸になる危うさーは抱かざるを得ないと思うに至ったのです。そして凡庸は往々にして品質レベルの低下を招きます。

クラフツマンシップは、表面仕上げのことだけをいっていると思われがちだ。だからこそ、どんなものであれ、手掛けるものすべてに関わろうとする姿勢が必要なことを強調したいのだ。もっとも表面仕上げであっても機能的な効果が見られる場合がある。故障はしばしば構造的ストレスの集中に関連して起こり、それは、製造中や組み立て中に発生した局地的な損傷や、熱処理や部品同士のこすれによる摩耗が要因となる場合が多い。熱効率は、たいてい流体通路の滑らかさや、細かなバーナー形状といったものに依存する。耐食性を支えるのは、厳密な表面剥離制御だ。挙げだしたらきりがない。品質は確実にディテールに依存し、ディテールはクラフツマンシップに依存する。

「ビジネスの不調の原因は品質への過剰投資にある」という批判を極度に恐れるあまり、米国製造業レベルまで落ち込まければなんとかなると品質への手綱を緩め過ぎ、そのうちに砂の穴に落ちていくように日本の製造業も足を掬われてきた・・・そして、その位置を挽回するのがデザインである・・・・とのロジックが幅をきかせ過ぎているのが、今の日本の状況ではないかと考えます。ぼくもデザインに長く関与してきたからこそ感じるのですが、どうも「品質」「デザイン」のロジック上のすり替えが行われている気がして仕方がないのです。本著でいう「美しいものをつくり人よりも『頭を使って仕事をする人』の価値を認める」社会的な傾向が、「価値の変換」の旗印のもとに品質の位置低下を画策してきたともいえます。

クラフツマンシップは学校や企業で議論し取り扱には難しいテーマだ。本能的なものであり、語彙も不十分だからだ。しかし、クラフツマンシップは人間にとって非常に重要であり、今後も消えることのないテーマだろう。

先進工業国では、クラフツマンシップを向上させるための動機が定期的に与えられている。たとえばアメリカが得意とする航空分野では、プロジェクト全体のコストに比べて仕上げ部品のコストが高くつくため、組み立ては必然的に慎重に行われ、航空力学の点からも仕上げや外装のディテールの完成度が押し上げられる。

永遠の重要なテーマであるわりに小さい範囲に押しとどめてきた・・・というのがぼく自身の反省の弁です。

クラフツマンシップは、必要に迫られてからではなく、その前に向上させたほうがいい。私がスタンフォード大学で工学部の学生によく出していた課題は、安い製品(1-2ドル)を買ってそのクラフツマンシップをどう高めるかを考える、というものだった。学生たちはたいてい、安っぽい塗装をやめるといった単純な方法で、課題をクリアできていた

ぼくたちが日常生活のなかで何を目をむけ、何をビジネスのなかに提案していかないといけないかのヒントが本書にあります。

 

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Category 本を読む | Author 安西 洋之