谷口智彦『上海新風 路地裏から見た経済成長』を読む

ぼくの幼少時の外国人体験を思い起こすと、家の近くにあった教会の米国人神父家族、米軍の軍人、横浜中華街の中国人といった人たちとの接触ーといっても、直接コミュニケーションをもったのは神父家族程度だったと思うーでした。これはぼくの個人的な経験という偶然もありながら、同世代の一般的な傾向が如実に出ていると言ってよいでしょう。

現在、ミラノに住んでいて南米人とのコンタクトはクーリエサービスの運転手やアパートの守衛あるいは掃除をする人たち、アフリカの人たちは露天のモノ売りであることが多いです。そして中国人は飲食店や小売の人たち。もちろん、これはあくまでも街で出会う人たちであり、ビジネスや教育関係の世界に入ると彼らも全く違った登場の仕方をしてきます。一方、韓国人はビジネスかプライベートな生活でのレイヤーが圧倒的に多く、中国人のように小売やサービス業でこちらが客として偶然に知り会うことが少ないです。これも日本人の個別の事例というより、普通に生活しているイタリア人の体験とそう変わりません。

すなわち多くの国籍、多くの民族の人たちに囲まれて生活しているように見えながら、実は非常に限定的な側面しか見ていない。そういうのをあえて超えるには、子供の学校ー特に公立の小学校ーの親と沢山付き合ったり、社会貢献的な活動に精を出すことですが、自らの殻を取り除くためという名目では継続的な活動は続けにくいものです。とするならばー話はかなり飛躍しますがー、この「敷居」の高さは、飲食店や小売りで世界にネットワークをもつことが、ある国の経済を活性化させる「情報収集」に如何に役に立つかの反証にもなります。

華僑や印僑のことを言っているわけですが、上海発でシルク素材をコンテポラリーなデザインで表現し、一流中国ブランドの確立に的を絞った戦略を着実に実行しているアナベル・リー・シャンハイの創業者が日本留学時代に向き合わざるをえなった現実がもつ意味は、ビジネス面からも示唆するところが大です。

1988年、父に半ば強制されるようにして、彼女は日本の地を踏んだ。日本語の予備知識ひとつなく、文字どおり西も東もわからない。(中略) 彼女の場合も、持ち帰り弁当店などでアルバイトをするかたわら、日本語の勉強に精を出す苦しい毎日が始まった。若いからこそ耐えられる、それは肉体的にも精神的にも過酷な日々だったに違いないけれども、彼ら彼女らはそういう暮らしを通じて、日本人とはどういう人々であるか、濃厚な集中講義を受けるにも等しい。一人の平均的日本人が付き合う階層的な範囲を大きく超え、学のある人ない人、カネのある人ない人、ウソをつく人つかない人・・・、彼らは実に多様な日本人と接していく。

現在、上海の中国人の100人に一人は日本留学経験者「留日生」と言われていますが、彼らの間でも「視点の交換」が濃密に行われてきたことを想像すると、商品開発からブランド戦略に至るまで、彼らの底力のソースを片っ端からリストアップしてみたくなります。

こうして生まれるいわゆる知日派は、ライシャワー的な、英語を喋る日本人ハイソサエティとの付きあいが生み出してきた類のそれとは随分と違うものになる。(中略)アナベル・リー・シャンハイのブックカバーが文庫本にジャストフィットしていて、しかもロゴふうの印をあしらったしおりがついていて読みかけのページをマークできるようになっていることなど、彼女が日本で、同世代の娘たちが電車の中で本を読みふける姿をじっと見ているだろう様子を想像させるものである。来店する日本人女性客は、必ずといっていいくらいこれを買っていく。

貪欲に生活しながら、読書習慣の妙に入り込んでいます。この例も「路地裏」と呼んでいいのかどうかわかりませんが、最近の日本食の海外プロモーション流行りーというか政策的な枠組みに入った、というべきーのなかで、その先に「路地裏経済の大きな地図」が描けることが分かると、スカスカ感の強い食周辺の論議ももう少しレベルアップするのではないかと思うことしきりです。

 

 

 

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Category 本を読む | Author 安西 洋之