ミラノサローネ2013(4) マンジャロッティの一生は幸せだったか?

フランスのデザイナー、ピエール・ポランにインタビューした時、二つのことが印象的でした。一つは彫刻家になりたかったのが手の怪我でその道を歩むことができなかったこと。もう一つはカーデザイナーになりたかったこと。ジョエ・コロンボも同じで、「もともとやりたかったこと」の一つにカーデザインがありました。彼はクルマのデザインをしたことがありますが、それがメインの仕事にはなりませんでした。あの思いっきり自分の味を出している巨匠であるジュージャロでさえ、「カーデザインは膨大な数の人との間で決まる自由度の少ない分野」と語っています。他の工業デザインや絵画で自由を享受するわけですが、「クルマ一台もカフェマシーン一つも労力は同じで受け取るデザインフィーは圧倒的に違う」とも言っています。

人はより自由度の高い、自分の意思で決定できる範囲の広い職業で食っていけることを「もともと」望む傾向にあります。新聞記者でもともと小説家になりたかった人、CMディレクターだけどもともと舞台監督をやりたかった人、工業デザイナーだけどもともとアーティストになりたかった人・・・・こういう「もともと」を抱えながら一生を過ごすのが大半の人です。統計をとったわけではないのでわかりませんが、もともと工業デザイナーになりたかったが、しかたなくアーティストになった人というのは少ないでしょう。自分の意思で決定できる、ということは、言ってみれば「自分の生の姿(のように見せかけることも含め)で賭けて経済的リターンがある」ということです。

アンジェロ・マンジャロッティの回顧展がコルソ・コモ10で始まりました。1921年に生まれ2012年に逝去したマンジャロッティは、建築家であり、工業デザイナーであり、教育者であり、彫刻家でした。昨年、東京で行われた展覧会をぼくは見ていないのですが、ミラノではさすがに「重いもの」が沢山あります。年譜を眺めていくと、1980年代から一気に彫刻が増えていきます。それもボリューム感が噴き出すような、概念を素材を媒介に両手でガッツリと掴むような作品です。上の写真(Assimetrie Gravitazionali 1995年)のような知的な作品であることには変わらなく、それは建築や工業デザインの数々と基本ラインは同じですが、「内から噴き出す勢いが違う」のです。

生前のマンジャロッティをよく知る方に「マンジャロッティの満足度って、ジャンルによってどうだったんですか?」と会場で伺うと、「彫刻、建築、工業デザインの順で褒められると嬉しい人でした。もともと彫刻がやりたくて、実際に若いころから製作していたんですが、だんだんと人が評価してくれるようになっていったのです。だから彫刻が評価されると殊の外喜んでいました」との答えが返ってきました。

人は「もともと」好きだったもの、憧れていたもの、場合によっては諦めて自らも忘れていたようなものを他人から評価されると、それまでの人生が全て肯定的に見えてくるんだよなあ・・・。「もともと」がそのままカタチになることは少ないけれど、人生のあらゆるプロセスを経て「もともと」が浮かび上がってくることに人生の醍醐味があるのでしょう。以前書いた「ぼく自身の歴史を話します」のなかの「人生における経験の統合」をマンジャロッティの作品を眺めながら思い起こしました。

http://milano.metrocs.jp/archives/258

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Category ミラノサローネ2013 | Author 安西 洋之