ミラノサローネ2013(2) 引き算の美学は「生きている」のか?

「日本でいう平均値って、平均値そのものの集合体なわけですよ。どうしても最初から平均値ばかり狙うわけです。でもフランスで料理やっていて思うのは、抜群に良い点と悪い点の結果での平均値という、平均のコンセプトそのものをターゲットにして結果としてバランスが生まれるんですね。例えば食材の苦味をとるのではなく、それを何か他の特徴的なものでカバーするとかね」、とニースと東京でフランス料理店を経営するシェフ・松嶋啓介さんが話します。「これはサッカーのチームにも言えることで、トルシエと話していても、彼の平均に対する考え方は当たり前だけどフランス式なんですよ」

松嶋さんとThe HUB Milano で話し合いました。実は、以前、「ライトアップ・ニッポン」のドキュメンタリー映画を世界各地で上映したいという話が松嶋さんからあったので、ぼくはThe HUB Milano のホストに話しておいたことがあります。あの映画をDVDで見た時、被災地各地での花火大会をオーガナイズした高田佳岳さんの活躍ぶりは、ソーシャルチェンジを旗印に活動している人たちにとても参考になると思いました。ぼくも高田さんと話し、「この只者ならぬ人が動くなら何かが起きるに違いない」、と感じたのです。「日本の旗手は、こんな感じで頑張っている」とインパクトのあるストーリーが語れます。ただ、残念ながらその時は英語字幕がなかったので実現できなかったのですが、松嶋さんにも今後のために The HUBの趣旨を知ってもらっておいたほうが良いだろうと考えました。

話を冒頭のテーマに戻します。ぼくが「日本のスイーツって甘さ控えめとなっていて、かなり特徴的な傾向かなと思うのですが、どう判断すればいいのですか?」と質問すると、「寒い所では甘さを欲するからスイーツは甘くなりやすいですが、まず基本的にスイーツは毎日食べることを前提にしていないんですよ。毎晩のように、うちのレストランに来るお客さんはデザートを食べないでチーズで終わりにしますね」との答えが返ってきます。それなのに日本では毎日食べることを想定し甘さを平均的にならすことを考えてしまう、というわけです。酸味との関係で舌に甘さが残る印象を減らす、という方向をもっと試みるべきではないか・・・。

もちろん、ことの発端は健康意識の変化にあったのでしょうし、それが多くのスイーツの甘味を減少させた(フィンランドやポルトガルで加工食品の塩分を長期にわたって減らし、心筋梗塞の発生率が70パーセント下げたような)「壮大な物語」があったのだろうとも想像するのですが、甘いものを毎日食べる「飽食の時代」は自分の首を絞めたのではないかーかえって甘さに鈍感になっているという意味でーという気にもなります。いずれにせよ、この平均のコンセプトの捉え方の違いは、チーム運営にも反映されていると松嶋さんは語るわけです。「このスタッフはまだここができていないと言って担当を外すのではなく、彼の得意な部分が活躍できることを考え、できない部分は他のスタッフが補うって考えなくちゃあ」と。

「日本は引き算の美学っていうけど、引き算で捨ててっていって何も残らないわけだ」というと、「結果としてマイナス部分を捨ててゼロに近づくだけなんですよ」と松嶋さん。「ははあ、引き算の美学とは異分子排除でもあるんだな」、とぼくは合点がいきます。そして異分子とは「平均値ではない」ということになります。平均値のスペックでシンプルなミニマルスタイルが成立というまことに分かりやすい「引き算の美学のナゾ」が見えてきます。日本のデザイナーも引き算の美学の深淵を極めるなんて哲学的なことを言って泥沼にはまっていないで、足し算の美学を学習するのも大切なんじゃないの?と思いました。

「和食の特徴はうまみだという意見もありますが、うまみを分かっている人なんてどれだけいるんでしょうね。(大衆も食を楽しむようになった)飽食の時代以降の和食の強みは、食材の組み合わせの多様性」と指摘する松嶋さんの話は、クリエイティブ領域で働くあらゆる人に是非聞いてもらいたいです。

 

 

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Category ミラノサローネ2013 | Author 安西 洋之

Comment

  1. くろちやん 

    タイトルの「引き算の美学」と本文が論理的に不整合なために誤解しやすいコラムになっているのが残念。
    そもそも日本の美学として一般化していない。むしろ引き算の公式はグローバルなテクニックとして普遍的です。写真の構図がわかりやすい例。
    平均値追求とかその背景の島国根性とかにより
    足し算の技術が遅れているだけです。
    わびさびと混同しているのでしょうか