ビジャイ・コビンダラジャン『リバース・イノベーション』を読む

ローカルのコンテクストを読み込む・・・lmap の目的はここにあります。lmapの活動をはじめて一貫して問うてきたことの一つは、「日本企業は新興国で市場をよく読みこんでビジネスの勝負をかけると言っているが、北米や欧州で市場のコンテクストを読み戦略的に勝った経験がないのに、なぜ新興国でできると考えるのか?」ということです。先進国市場はたまたま日本の技術革新の波が調和したに過ぎないのだから、新興国に立ち向かうにはゼロから考え方をたて直さないといけないのではないかと語ってきました。例えば、日本車が北米市場で大いに売れたのは、エネルギー危機以降のクルマの小型化と大いに関係があります。小さいクルマを作り馴れているメーカーが小回りを利かせて市場を「占拠」したわけです。(下図は著者のブログより)

大型車を作ってきた米ビッグスリーにはそれができなかった。だから「輸入の自主規制」を日本に迫りながら、一方で日本メーカーとの提携も行われたのですが、ここには一つの「法則」がありました。「小さいクルマを作っているメーカーは大きいクルマを作れるが、大きいクルマを作っている会社は小さなクルマを作れない」ので、日本メーカー有利とされました。大は小を兼ねるのではなく、小は大を食うのです。ただ実際、大=高級化の路線にはそれなりの苦労を日本メーカーは強いられた(あるいは、強いられている)ので、ことはそう簡単ではありませんが、大まかに言えばそういうことになります。

他方、マーケットには別の「法則」があります。市場のレイヤーの上から下がるのが鉄則で、下から上には行けない。高級ブランドを確立してセカンドレイヤーに行くのは容易だが、安価なレイヤーで市場を作った商品がバージョンアップして高級品市場にいっても「成り上がり」扱いされて高級品市場のコンペティターと同じ利潤はとれない、というものです。前述の高級車市場で苦労する日本メーカーもその例です。欧州の自動車を羨むのは、原価とは別の価値が高く評価されているからです。

振り返ってみると、ある時期から日本の多くのメーカーは、この二つの間、一つは「得意の小型から儲けが出る大型へたどり着きたい」、一つは「上に行けない苦労を避けたい(上から入る道はないのか)」、との選択肢のなかでどちらを選ぶかいつも悩んできたように思えます。1980年代後半以降の「機能や品質ではない付加価値を求めることこそ、顔がないと言われる日本製品を救う道である」というスローガンは、NO1の米国を脅かす存在となった日本への自信と相まっていや高くなったのです。因みに、日本文化を商品企画のなかに入れ込むというのも、この時期からの傾向です。

さて、本書にはいろいろな意味で疑ってかかるべき点があります。だいたい「リバース(逆流)」と新興国から先進国へのイノベーションの持ち込みを表現するところに「悪い意味の文化人類学的性格」が出ています。未開地の問題を西洋の社会の解明に「利用」することと相似関係にあり、ずいぶんと米国的天真爛漫な物言いだなあと思います。同時に「新興国の巨人を侮るべからず。先進国で芽が出る前に叩き潰しておけ!」という粘着質を感じます。ただ、これはその民としての特徴だけでなく、1980年代に日本企業によってどん底に追いやられた米国の恐怖の記憶の裏返しではないかとも思われます。したがって、この本で記されていることをそのまま鵜呑みにするのは、「清純がもつ牙」を自覚しないことになります。

それらを認識したうえで、ぼくは本書は一読に値すると思います。以下はHIVのハイチでの医療を米国に適用した事例の一文です。

そのモデルでは、「医師は健康状態が損なわれたと判断されるときにのみ、最高レベルの技術で医療を行います。地域保健従事者が医師を補助するのではなく、医師が地域保健従事者に手を貸すのです。現在の医療制度をそうした方向にもっていかなければいけません」。

リバース・イノベーションが本国に戻ってくる過程では、支配的論理をひっくり返す必要が生じることが多い。イノベーションはしばしば変革をもたらす。つまり、地域保健従事者の役割を自発的介入者まで押し上げて、医療サービスの最先端に近づけるのである。

あんまりビジネス書を馬鹿にするものではありません 苦笑。

 

 

 

 

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Category イノベーティブ思考, ローカリゼーションマップ, 本を読む | Author 安西 洋之