タイの人は日本を向いているか?

「タイの人は和食は好きだし、日本の文化が好き」と満足げに語る日本の人が多いな。なんでそんな確信もてるんだよ。市場はタイにあり!という勢いで話すしさあ。まあ、それはそうかもしれないけど、悪いけどどうもぼくには全面的に信じきれないところがあって、先月5日間バンコクに滞在している間、このテーマについて考えてみたよ。短い間の限定された経験から感じたことをメモしておく。詳しい人は、どんどん内容の誤りを指摘してね。お願い。

街中のどこでも日本料理店は大きな日本語の看板と共にあり、そこにタイ人の客が多くいることは確かだし、スーパーの食品の棚にも日本の食品が並んでいる。でも、「タイ人は日本食好き。だから日本の文化は好まれている。したがって日本のビジネスに追い風」という論法を応援する人には申し訳ないんだけど、それはあまりその成立を信じきないのがいいんじゃないかな。

高級ショッピング街にある、イタリア料理専門店ではない、いわゆる洋食系でパスタを2回食べて、その麺の質がタイ料理の麺の質に近いことから、洋食のローカライズに気づいたんだよね。同様に、日本人客の少ない日本食屋はやはりタイ風の味で、日本人客の多いラーメン屋は日本の味。ああ、やっぱりね。だいたい、タイ人がタイ人を接待で使うのは中華料理というじゃない。日本食じゃないんだよ。要はすみ分けなんじゃない。

タイの人と話せば日本のことを聞かれるのは当然でしょう。ぼくが日本人なんだから。相手は日本に興味があるとも言うよね。でもそれ以上に、ぼくの住んでいるヨーロッパへの質問が多いんだよ。大規模な書店の棚をみると、どんな分野であれ、英語と中国語の書籍が多くタイ語のそれは少ない。こういう本をエリートが読んでいるなかで、日本文化への関心が突出することはあまり考えにくいなあと想像するのが普通でしょう。バンコクで日本食が普及して定着したのは、世界中にあるチャイナタウンをコアにした中華料理のケースと近いんじゃない?5万人も日本人がいれば、それで何でもいちおう成立しちゃうよね。世界にある中国人の「なんちゃって寿司」が大衆化を図ったのと路線が違うんだよ。

とにかく、日本人がこれだけの母数があって食のバリエーションがあれば、それだけ社会的インパクトが与えられる。イタリア人やフランス人はここまで多くないんだよ。だから小規模に商売するし、大量に食材を仕入れられるわけでもないから、やはり高コスト体質がついてまわる。そういう店はローカライズ度が低い店で母国人がわりといて、タイ人もいるけど、大多数とはいかないんだな。だからタイ人も興味しんしんなのに気楽に足を運びにくいんだよ、よくあるじゃない。三色旗を店の前に出しているところ。あれに行きたいんだけど、金はかかるし、敷居が高いんだ。昔、日本でイタリアントマトみたいのがイタリア料理を普及させた功績ってあると思うんだよ。そう、そう、イタリアントマトはタイにもあるんだよね、余計だけど。

また余計かもしれないけど、この手の外の店のワインリストはね、スカスカなんだよ。チリ、オーストラリア、南アのなかにフランスとイタリアも鎮座してんだけど、なんかやる気が伝わってこない感じなんだよ。まあ、スーパーに並んでいるワインも種類が少ないねえ。それ反してオリーブオイルは賑やかなほど鎮座しているんだ。

人数って大きな要素なんだよ、ある食が広まるにね。そしてその食が定着すると、それは文化を意識しないものになる。日本の家庭でカレーをインドと結びつけて食べる人なんていないでしょう。そういうもんなんだよ。ローカライズされた食はオリジナルのコンテクストと絶縁しちゃうわけだ。たまにふっと思い出されるぐらいにね。まあ、そういうことを沢山、思ったね。

タイの後、1週間日本にいて、日曜日にミラノに戻ってきた。さあ、明日からイタリアデザイン三昧の生活だ!

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Category さまざまなデザイン, イタリア料理と文化, ローカリゼーションマップ | Author 安西 洋之