ステレオタイプを作るのは容易くない

今週、友人と会って深夜まで酒を飲みながら話し込みました。

彼はアーティスティックな写真を多く撮影してきて、その作品は「味がある」と言われてきました。一点に焦点を合わすことで、周囲がぼやけることが「味になる」。そういうタイプを自分の強みとしてきたのです。しかし、最近になって、一方で「絵葉書のようなステレオタイプ」の写真を大量に撮影するプロジェクトを請け負うことになりました。「絵葉書のような写真なんてつまらないじゃない」という勿れ。そういう写真でないと利用できないケースもあるのです。ビジネスプレゼンで大画面で風景を映し出したいとき、「味のある写真」は困るのです。

何とかできるだろう・・・と思った彼が「味がでない」ために悪戦苦闘したプロセスがとても興味深かったです。撮影は水平垂直や露出度なども全て手引きにそって行なうのは当たり前ながら、撮影後もフォトショップ上で微調整作業がえらく膨大。全て100%の状態にして粗がないかどうかの確認をしていきます。ピントをあらゆる点であわせていくことが、ステレオタイプになるために必要な手順なのです。「アナログの時代であればよしとされたレベルを大きく上回ることが要求されるのがデジタルの時代」という事実を身を持って背負うことになります。

建物も「みなが想像するような」深みのあるように撮影しないといけないので、正面からではなく45度斜めの位置から、あるいは撮影位置を意図的に下げるなりと変えていきます。半年前にスタートした時、合格点がでる写真は30%強だったといいます。「味のある」写真ではプロと通じている彼の技量をもってして、「味のない」世界では右往左往する羽目に陥ったわけです。「何が大変って、食事をする時とか、眠い時とか、そういう怠惰になりたい時こそが撮影のベストタイミングなんですよね」となるから、山の風景を撮りに行っても優雅な時を過ごせることもありません。

とにかく天気が重要です。天候が不安定なところで無駄に取材先で時を過ごすのは効率が悪い。毎日天気予報を追い、「明日だ!」と判断すると翌日の早朝から突撃です。移動もなるべくバスや電車を使うようにしました。彼はここでも発見します。クルマで自由に移動して撮影しているカメラマンの写真は無駄がないというのです。言ってみれば、一つの対象や場所に対するバリエーションが圧倒的に少ないことに気が付きます。バスの出発時刻までに2時間あれば、その周囲をぶらつくことで、新しい視点を獲得できます。それが期待以上の成果をもたらすのです。そうした余裕のある時間を作ることを、彼はこれまでも意図的にしてきたはずなのに、強制的に生み出される時間との間には隔たりがあったと認識しました。

何よりもぼくが感心したのは、ステレオタイプと人が期待する写真は漫然と生み出されるのではなく、ステレオタイプと思われる基準に如何に近づけるかという精緻な努力の結果であることです。彼はこうして今や100%に近い確率でステレオタイプ的な写真を後処理時間も含めて効率的に仕上げることができるようになりました。「あれは、あれですごい世界だ」と彼は語ります。

「味のあるステレオタイプではない」写真を偶然性や勘ではないところで創りだせるコツを得るのも、かなり論理的作業に依拠することになるだろうというのが、ぼくのこれから探っていきたいポイントです。

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Category イノベーティブ思考 | Author 安西 洋之