セント・マーティンズ大学について語ろう(2)

 

セント・マーティンズ大学について語ろう(1)」の続きです。大学はどんなところなんでしょう。ファッションイラストレーターの会話を続けます。

「決まったカリキュラムがあるわけじゃなく、また、先生が『この指とまれ!』と声をかけるまでもなく、学生が独自に先生にアポをとって『面倒見てくれ』と頼んで受けいられるかどうかなんです。そして期末にアウトプットを出せばいいんです。とっても自由です。でも、アメリカから来た学生たちには評判が悪く、『高い授業料を払っているのに、教育がシステム化されていない』ってブーイングするんですね。私なんかからすると、『何言ってるの?』って感じ」

ここでミラノ工科大学のマスターに留学していた学生の意見が頭によみがえりました。「フィンランドのアアルト大学にもいたことがあるんですが、あそこはすごくきめ細かでした。正直言って、このポリテクニコのカリキュラムは配慮が届いているとはいえず、結果的に能力のある卒業生が有名になっているという感が強いですね」と語ったのです。この学生の工科大学へのネガティブな評価ポイントが、まさしくセント・マーティンズ大学の「売り」であると、ファッションイラストレーターが指摘するわけです。「リサーチ」という言葉の指す範囲や重点の置き方にも言及します。

「米国ではリサーチというと、市場リサーチやユーザーリサーチに重きが置かれがちなんですが、セント・マーティンズで繰り返し言われたリサーチの重要性というのは、あまりそういう対象ではないんですね。それは街を歩く人の姿も熱心に見ますが、木々の落ち葉や道に落ちてる紙の燃えカスだったりをスケッチブックに貼りつけ、そのスケッチブックを充実させていくことなんです。スケッチブックにきれいに絵を描いていくことじゃないんです」

エッジのきいたコンセプトを生み出すに、自らがエクストリーム・ユーザーの立場を強化するよう鍛えることかな?とも思います。たとえば米国でエクストリーム・ユーザーとの接触が重要とされるのは、どうしても市場リサーチに傾きがちであることへの反対方向への動きと言ってよいのではないかと、ここから想像できます。話を聞く限り、セント・マーティンズで教えられる「リサーチ」は、リアルやヴァーチャルにかかわらず、周辺事象を極めて内省的に眺めることではないかと思えます。

そのファッションの学生たちが、こう言うそうです。「プロダクトデザインの連中って頭いいよね。哲学や歴史の本もたくさん読んでいるし、私たちとは違う人たちよね」と。そういえば、かつて、セント・マーティンズで勉強したプロダクトデザイナーが「教養のない人はデザイナーの資格ないですよね」とぼくに話していました。しかし、そのプロダクトデザイナーがテキスタイルやファッションの人たちの表現の方向を見ているのですから、面白いものです。

ファッションイラストレーターが、こう続けます。「エッジのきいたデザインというと、たとえば、ミラノでいえばコルソ・コモ10で売っているようなファッションを指すのですが、そうしたデザインにでているコンセプトというのは、私たちが見ると、ああ、これは誰のアート作品をみて作ったな、ってわかるわけですよ。ガウディの建築に影響を受けたとか。そして、マスレイヤーに下がっていくにつれて、そのスタイルだけがトレンドのシンボルとして継承されていくんです」 ということは、コンセプトの素への接近力こそが「実力をつける」ことの中身になります。

ぼく自身、新しく、かつ歴史に残るコンセプトは米国ではなく欧州で生まれやすい・・という確信からヨーロッパを活動のベースにする決意をしたので、このあたりの説明はよく分かります。次回は、セントマーティンズで何を基盤としておさえ、何を革新とするか、をどのように教えるのかという事例を紹介します。

 

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Category イノベーティブ思考, ミラノサローネ2012, ローカリゼーションマップ | Author 安西 洋之