ミラノサローネ2012(7) ヴァーチャルとリアルの拮抗

「今年のサローネは興味しんしんだよね。経済がこれだけ厳しく絞った予算でどれだけの表現を見せるか?って見ものじゃない」とイタリア人の若手建築家が話します。日本のバブルがはじけた後のモーターショーやリーマンショック後のサローネを思い起こします。マイナス経済変化と商品開発や見本市の展示に関係があるのを感じるのは、およそ寂しいことが多いと思っていたぼくは、彼の「どういうエコロジカルな展示材料で出してくるかを見るのが楽しみ」というセリフに感覚の変化を感じました。マイナス経済変化を彼のビジネス文脈で否定的に捉えていないのです。チャンスとして考えています。

さて、時代の空気の変化を感じ取る場所はいろいろとあります。携帯電話のショップもそうです。1990年代後半から2000年代前半には華やかさがありました―ミラノの風景を言っています。トレンディな情報はあの場所にあると、用事もないのにショップに集まっていた。そこで性能や機能はもちろんのこと、デザインを語り合っている若い人たちが集まっていました。今、気のせいかもしれませんが、そういうムードが携帯電話のショップにはありません。だいたい携帯電話というモノ自身が、スマートフォンを前にして劣勢です。そして、統一感あるインテリアでまとめたキャリアの店舗がトレンドショップ的なムードをもっています。しかし、タッチパネル全盛の今、個々の商品のデザインを語り合う空気は減少しているようにみえますーTVのデザインが話題にのぼらなくなったと同様。

電源をONにしないと世の中の姿が見えてこない。それが生活の隅々まで浸透しはじめてきた現在、逆に物理的な店舗デザインが意味をもってくる・・・という方向にあるのかもしれません。ぼくたちは目に見えるデザインを捨てることはできない。よくセミナーなどでローカリゼーションの必要性を説明するとき、「馬鹿なロジックのインターフェースのカーナビを搭載したクルマは、どんなにスタイリングがよくてもクルマ自身もバカにみえる。だから、ユーザーの市場にあったロジックを提示すべき」と言います。しかし、それはカタチが造形力が不要になっていることを意味するのではありません。そこまでヴァーチャルとリアルが拮抗している、その力関係を指しているのです。アップルの店舗があれだけ凝っているのも、その一例でしょう。

リアルな経済が落ち込む → 展示が貧相になる ということではなく、リアルな経済が落ち込む → ヴァーチャルで積極的意義が議論される → 展示が内容的に豊かになる → 展示が見るべきデザインとなる というサイクルが生まれることを期待する人たちがいる。これが冒頭のエピソードをバックアップする背景ではないかと思います。それには電源ONがない限り、このサイクルが続かない・・・というかどうかがエコロジーや社会的持続性を考えるときに岐路を描きます。考えてみると実にーそれも猛烈にー微妙な危ういところに立っていることになります。あらゆる世界観のベースに「一杯のコップの水」のように「ひとかけらの電気」があることに思いをはせると、エラソーな世界観ってなんだかなと思わないでもありません。

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Category ミラノサローネ2012 | Author 安西 洋之