丸の内の丸善本店で経験を相対化する

先月22日に日本に着いて走り回っているうちに残り滞在日数も少なくなってきました。ミラノからの飛行機のなかで考えたローカリゼーションマップ3年目の青写真は少しずつですが具体性を帯びてきました。連続的なインプットをこなす日々が終わりに近づいて時を過ごすのが書店です。丸善本店が最近の定番です。以前は八重洲ブックセンターだったのですが、スペースの取り方やぼくがカバーするジャンルから東京駅を挟んで反対側に移りました。丸善本店でも7割近い本棚を巡るので相当な時を費やすことになります。ただ実際に本を手にとってページをめくる冊数はそれほどではなく、背表紙の書名を丹念に追っていくのです。本来は図書館でこれをやると良いのでしょうが、やはり世の中で現在求められているー流通されやすいー「知」という視点からすると書店が適当でしょう。

この時間を過ごしているとき、日本にいる実感をすごくもちます。ミラノでネットを通じて見ている日本社会がいかに限定的であるかを痛感するのです。それは東京でいろいろな方にリアルにお会いしている時以上かもしれません。「現代社会問題」というカテゴリーの書棚にあるテーマをネットで見通すのは至難の業です。社会学が復活しているように見えても、書棚の幅を見ると思ったよりマイナーであることを認識します。あるいは、新書コーナーでみるタイトルから専門書群の何を抽出しているのかを考えます。何を入門の視点として切り取るのかを、複数のジャンルで専門書と対比しながら見てみるのです。アジアにスポットがあてられながらー一般のビジネスマンにとってー何が見えていないのかは、各国政治経済や紀行と新書の3つのコーナーを見ていると想像をかきたてられます。また、哲学と思想の区分けをタイトルを眺めて、どういう分類で本を区別するのが消費者にとって有効であると書店が判断したのかを思います。

ヨーロッパがヨーロッパとしてとらえられるのはユーロ問題くらいで、以前は取り上げられなかったレベルで各国テーマが書籍化されています。これは一見喜ばしいようにも見えます。手薄だった情報に厚みがでてきていると言えるでしょう。しかし、ヨーロッパをヨーロッパ全体で語れる人が本当に少なくなったからだと捉えると、これは大きな穴です。こういうことを思いながら書棚のなかを歩き回ります。前述したように、いろいろな分野を含めて比較しながら総合的に考えることがーできるような錯覚をもつのですがーネットではできないのです。ネットでは一冊の新書と一冊のハードカバーの単行本の距離は限りなくゼロに近いのですが、大きな書店でこれらの2冊の間には明らかに乖離があり、しかし、そのラインを結ぶロジックが見えてくるーが、ネットでは分かりにくい

実のところ、これと類似することは書店以外にも多々あるのですが、書店でシンボリックに見えると言ってよいと思います。ですから、日本に到着してすぐ行くのではなく、滞在の終盤に多くのアポをこなして自分の内に積もってきた経験を書店で相対化する作業を行うことに意味があるのです。いや、本当のところを言えば、滞在のはじめでも書店に足を運びざっと眺めることはするのですが、丁寧に追うのは後半にとっておきます。

もちろん、自分の書いた本がどう置かれているかをチェックするのも忘れません!(2番目の写真は赤坂ベルビ―の旭屋書店です)

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Category イノベーティブ思考, ローカリゼーションマップ, 本を読む | Author 安西 洋之