ミラノサローネ2012(3) 自然現象の見方

昨日午前1時ころ、卓上のライトが揺れ始めた時、地震だと思いながらほんとうに地震であろうかと一瞬迷いました。ぼくがイタリアに住み始めてからの21年間、地震とはっきりいえるものを経験したのは2-3度です。中部や南部などでは大きな地震があってもミラノで体感する地震の数はそんなものです。もっとあったかもしれませんが、記憶に残っているのはその程度です。地震がミラノにいる自分の文脈にないのです。昨年の3月11日に日本で大きな地震を経験して以降、発生する揺れがすべて地震であると判断が傾いたのと反対です。11日の後は、たとえ強い風で窓ガラスがビシビシ鳴っても、「地震か?」と感じ取ったものです。

米国の大学の医学部は街の外れにあることが多い。イェール大学も同様だ。大学近くのアパートに入ると11階の部屋なのに窓ガラスが1つ抜けていた。不思議に思ったが、管理人にガラスを入れてもらい、そのまま生活をスタートした。

夜になると、しょっちゅう「パーン」という音を耳にした。「またパンクか。ずいぶん安いタイヤを使ったクルマが多いな」と思っていた。だが、ある時、 「パパーン」という音を聞いて、今まで聞いていた音が銃声だと気付いた。そんな危険な地区だとは知らなかった彼は、初めてガラスが抜けていた理由を知っ た。

「要するに、ぼくは街のコンテクストを知らなかったわけですね」と安宅さんは述懐する。

ガラスの状態で「街の安全度」を測らなかったのは、11階のガラスが銃弾で破壊されるなどという経験がなく、また教えてくれる人もいなかったからだろう。銃弾が飛び交う街と窓ガラスの破損が、経験としてシンクロすれば分かる。

「脳神経系で『理解』とは物理的に存在しません。2種類の情報からの信号が1つの神経上で重なり合う現象のことなんです。つまり、複数の情報が何らかの 重なる関係を持つ時、我々は『分かる』という状態になるのです。だから、コンテクストを共有することがものすごく重要なわけですね」

長い引用ですが、安宅和人さんと対談したとき日経ビジネスオンラインに書いた文章です。地震の判断に躊躇した際に即思い出したのが、このエピソードでした。ミラノでは、その8時間後、再び地震が発生しました。お互いの震源地が離れているにせよ、またおよそマグニチュード4であったとしても、これまでの頻度からすると珍しい現象です。イタリア人たちは大いに驚き、建物からの落下物を恐れ建物から離れながら、地震について一生懸命話していました。

ネットを見ていてふと気になりました。この地震を経験した北イタリアに住む日本人たちの書き込みをみていると、イタリア人の地震への反応が過剰であるとやや嘲笑気味です。「地震国に生まれた人間は、こんな地震ではあわてない」という態度です。ある自然現象に対して恐れを抱くのは冒頭に述べたように文脈の問題です。震度そのものではない。だいたい耐震構造との関係を考慮すれば、普段地震がない地域では震度の小さい地震でも十分に危険なはずです。それだけでなく、心の構えがないところでの異常事態は予期せぬ行動パターンを生みます。少なくても嘲笑の対象にはなりません。

豪雪地に南国から来た人がつるつるの靴底で歩けば、「お前、分かっていないなあ」とからかわれるかもしれません。それはいいのです。雪のある世界の文脈に来るときには、その文脈を理解することが求められるからです。日本で地震にあって怖くなりあわてて自国に帰るイタリア人に「馴れていないから仕方がないなあ」とつぶやくこととは妥当ですが、ミラノで地震にあって右往左往するイタリア人に日本人が「情けない動きをするなよ」と言うのは、的が外れているとしか言いようがない。

自然現象への見方は、実は文化価値体系のもととなっています。

 

 

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Category ミラノサローネ2012, ローカリゼーションマップ | Author 安西 洋之