鶴見俊輔『思い出袋』を読む

「もうフェイスブックは古いよ。それに比べグーグル+はいいね。ツイッター?ああ、もうゴミメディアになったね」というセリフをフェイスブックで最近読み、ため息がでました。1-2年前、彼があれだけツイッターについて熱く語っていた内容はなんだったのでしょう。「米国の若い子たちは、フェイスブックはダサいと言っているよ」と付け加えます。ソーシャル・メディアのなかで多様なオプションが時差を伴いながらやってくるのを一つ一つ夢中になってこなしながら、「夢中」になって捨てていく。そう、捨てるのも嫌に気がはいっているのです。

各メディアとの複合で「自分にあった唯一のシステムの確立」に強い希求があると、個々のコンポーネントを比較的「軽く処分」できます。これらの人たちは、自分のメッセージがどういうレベルで伝達されるかもさることながら、ひたすら方法論に関心があります。しかし、考えようによっては、新しいターミノロジーが作る世界観に目がよりいっているのかもしれません。


「尊皇攘夷」という合い言葉がはやらなくなって、そのうち「攘夷」だけが残り、新しい政府の下に、西洋の習慣が取り入られるようになった。それからのこと、「□□はもう古い」というのが知識人の言葉づかいの中に棲みついて、百五十年近くになる。

はじめは、わずかに知識人代表がヨーロッパに旅して新知識を仕入れてきた。その輸入には船便で三か月かかった。だんだんに船は早くなり、タネの仕入れは数年とだえたが、戦争が終わってからは、テレビを通してほとんど仕入れ元の米国、そしていくらかは前と同じくヨーロッパから、新しい知識と習慣がとどく。

それでも、「□□はもう古い」は、ものさしとして有効である。「サルトルはもう古い」というように、その□□のところに何を入れてもおかしくない。ことによると、「□□はもう古い」は、明治以降百五十年で最も長持ちしている文化遺産かもしれない。

本書にある「かわらぬものさし」にある一節を引用してみました。新しいか古いかが必要以上に重要になるのは、全体像の把握の必要性が、いやさらに言えば、全体像の把握自身が顧みられなくなっている時代を反映しているのではないかとも思えます。そういう時が150年も続いているのが日本であると鶴見は指摘しているわけです。しかし、それは日本だけに限った話でもないと書いているのが「大きくつかむ力」です。日米が開戦するかどうか、A.M.シュレジンガー、都留重人、鶴見俊輔の3人で話し合ったとき、シュレジンガーは黒船到来以降の日本を一国にまとめてきた指導者の賢明さは、米国に敗戦するとわかっている戦争を回避するだろうと語りました。

A.M.シュレジンガーの予測は、この場合、結果だけから言えばまちがっていた。しかし、この大きな歴史のつかみかたは、おそらく彼より細かいところまでを知っていた日本の大学出の外交官が忘れている、大きな世界史のつかみかたを内にふくんでいたのではないか。

その当時も、また現在も、大学出身の専門官僚は、百五十年、二百年の大まかな日本の位置づけを離れて、細かい情報処理の中で日米の舵取りをしているのではないか。そうして、二百年前、百年前にはもっていた、大きな筋道をみつける力をなくしてしまっているのではないか。

この後、現在の米国は日本と同じ道をたどっていると鶴見は言葉を加えるのです。つまり、大局をつかむ力を喪失した、と。

80代の鶴見の文章を読みながら、ぼくは「老人っていいなあ」としみじみ感じ入りました。年齢を経てこういう見方ができるなら、もっと早く年を取りたいと素直に思えました。高校生から大学生のころ、彼の文章を『思想の科学』で読んでいた時、当然ながらぼくにそう思える余裕はまったくなく、ひたすら文字を追いながら遠い先にある彼の思考の背中を見つけようとするに精いっぱいでした。そして、ほぼすべて忘れている・・・・。

3年前、前著『ヨーロッパの目 日本の目』を上梓したとき、この分野で高名な先生が本の献本リストを作ってくださいました。ぼくの本を読んでだうえで20人くらいの名前を書いてくれました。そのなかに鶴見俊輔の名を見つけたとき、30年近い遠い過去が急によってきた、あの感覚を本書を読みながら思い出しました。だが、残念ながら波はやはり再び遠のいていくのです。

 

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Category 本を読む | Author 安西 洋之