過去は現在を縛るためにあるのではない

日本企業が商品企画で日本文化はこれだ!というと、かなり決まりきったアイコンが出てくることが多いということは何度も書いてきました。男性的な日本文化ではなく、女性的なそれ。あるいは、花伝書的な表現にエッセンスのすべての源流があると主張しやすい。また、「侘びさび」を好むのは多くの日本人の傾向にあるかもしれないし、はっきりと目に見えやすい表現を当たり前とする日本以外の人たちと違うと思いやすい。しかし、そこにしか自分達の元がないと思い込まないことが大切だと考えています。村上隆が伊藤若冲を連れてきて日本の美術を語ったのと同じことを、商品戦略に携わるビジネスマンは考えないといけないのです。

昨日、ローカリゼーションマップの勉強会で杉岡一樹さんに世界市場で戦う電子書籍のあり方を語っていただきました。日経ビジネスオンラインの記事で一部紹介しましたが、いつものことながら参加者の皆さんからとても質の高いフィードバックがあり、充実した時を共有できました。プレゼンは、中国で生まれた「縦書き」とそれ以外の地域の「横書き」の変遷、文字伝達は宗教的モチベーションによるところが大きかったなどの事情を掘り起こしていきます。日本における漢字のローカリゼーションが西洋文化受容の下地を作った。明治時代の戸籍制度の整備の際に、役所のミスから多くの漢字を派生させることになった・・・これらを振り返ったとき、我々が今後の電子書籍のフォーマットを考えるにあたり、「日本文化はこうだから」というときの「こう」とは何なのか?を常に問いただしていく姿勢をもたないといけないことを教えてくれます。

女子高生の勘違いから新しい表現が広まることを「本来は」と語ることにどういう意味があるのか?新しく生まれた言葉が、漢字の由来から意味を解釈するのが正当であると漢和辞典に根拠を求めることがとるべき態度の全てではない。過去は現在の我々を規定するのではなく、あくまでも現在に生きる我々を豊かにしてくれる糧とすべきであると考えるのが妥当です。よりオプションを多くもてる、と。冒頭で記したように、自分の知っている日本文化とは限定的であると自覚することによって、より柔軟な商品企画がたてられるわけです。実は、これは東大のi.school の田村大さんの、「ローカルを静的ではなく動的に捉えることによって視界が広がる」という指摘と近いところにフォーカスすべきポイントがあります。

尚、次回の勉強会は11月を予定しており、アイコン、サイン、インフォグラフィクスなどの表現にある文化差をテーマとしたいと思います。アイコンだけで世界の全ての人に同じ意味を伝えることは困難であり、必ず言葉による説明を加えないといけないとの指摘がよくされます。その背景などを探りながら、どのような表現をしていくと情報が伝わり伝わらないのかを考えていきたいと思います。詳細は追ってお知らせします。

 

 

 

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

Category ローカリゼーションマップ | Author 安西 洋之