ミラノサローネ2011(21) ランブラーテはイタリアデザインの入り口?

須賀敦子のいずれかのエッセーに、ミラノの鉄道の向こうは別の世界であるという表現があったと思います。大聖堂を中心にした同心円でいくつかの環状道路があり、その輪を外に行けばいくほど、いわば「正統的歴史資産」から遠のいていきます。トルトーナ地区もその外円にあたりますが、古い工房や街並みと大きな倉庫や工場との混在するところに新しい開発が行われています。トルトーナは中心とは違うけれど、運河も近くにあり、昔から「目をつけられていたゾーン」です。この時の変遷のなかで、外円のさまざまなゾーンにおいて、今までミラノ市内では見ることのなかった、ロンドンやベルリンにあるような建物が建ち始めています。一方、中心に近いところでは高層ビルが建築中で、風景が変わりつつあります。

前述したように、どこの地域にも比較的共通するのは、何らかの「工業的遺産」はあったところです。ボビーザにあるポリテクニコやトリエンナーレ周辺もそうです。大きな空間を支える骨格はあった場所が再生され、それと一緒に新しい骨組みができていくという具合です。昨年からトルトーナやブレラなどと並んでプロモートをスタートさせたのがランブラーテで、冒頭の言葉を使えば「線路の向こう」になります。線路の手前にはポリテクニコがあり「正統性」があったところですが、「向こう側」は中心地と直接結ぶ文脈があまりなかった場所です。だからなのか、このランブラーテ地区は「イタリアデザインの出口」ではなく、「外国デザインの入り口」という役割を、このフオーリサローネで果たしはじめました。

実際、出展のトップはオランダ勢で、英国、ベルギー・・・とあり、イタリア勢は半数以下です。オランダのグループがこれまでのフオーリサローネのオーガナイズ経験をもとに、このゾーンのキーパーソンと組んだところに端緒があるようですから、合点がいきます。オランダ人同士が「ボンジョルノ」と挨拶しあって笑っている風景が象徴的です。このゾーンが充実したため、コルソ・ガリバルディやコルソ・コモ周辺に出ていた外国勢がいなくなったのだろうと想像されます。これが新しいイタリアデザインのコンテクストを(インターナショナルデザインというタームで)形成するのか、あくまでもコンテクストと分離されたままで続くのかは注目するところです。文脈に入ればブレラあたりに「出世」するのではないかという考え方もありますが、これは個々のデザインの競争力の面だけでなく、都市計画全体の文脈にも依存するところが大きいのではないかとも思います。

ぼくなりにこのようなバックグランド理解で歩いていると、「これは入り口を通過するかな?」「これは入り口を通過することを目的としていないな」という見方をしている自分に気づきます。「いや、そういう見方ばかりじゃあつまらない」と、頭を振って別の観点で見ようとしたりします。エコロジーやサステナビリティという言葉の次の掘り下げが必要になってきたと(17)で書きましたが、オランダのように、こういう言葉に熱心なところでも、次のステップに入ってきたなという感をもちます。

ひょいと覗いてなかなか刺激的なのは、ヒットラー、毛沢東、スターリン、ニクソンという世界で物議をおこしたリーダーたちが使ったデスクの再現です。同じ部屋にそれぞれのデスクの高さを同じにしてグレーにしています。ここで重要な書類にサインされ、それで多くの命が戦場などに送られたというわけです。「ニクソン以外に米国大統領を槍玉にあげないの?」と聞くと、何人かの大統領が同じデスクを使ったことがあり、選択が難しかったと言います。こういうリーダーたちの政治と日常性を斬っており、このあたりに突っ込み方がまだあったかと、デザイナー本人の顔を見つめながら感心しました。トリエンナーレでみた便器のオブジェと通じるロジックかと思います。

今回、一つ気になっていたテーマに、ある二つのものを融合させるのではなく、二つをそのまま出すことへのロジックがありました。サテリテでドイツ人の女性がデザインした2つの様式を一つにした椅子をみて、ひっかかるものがありました。デザイナーズブロックでオランダの女性がアンティークの家具に新しいデザインを加えて一緒にするというコンセプトを披露していて、やはり気になりました。ヨーロッパの建築インテリアなどで、古い壁にコンテンポラリーなデザインを施して両立させるのは別に珍しいことではありません。しかし、この二人が望んでいるのは、「古いものを生かして」「新旧のコンビの妙」ということではなく、2つの一方を切り捨てずに常に2つの成立を目指すことのように思えました。これは思考傾向の一つの変化ー西洋では選択への判断が尊重されてきたーが、ここにはあるのではないかと想像します。”OR”から”AND”への移行の視覚化でしょうか。

ランブラーテからボビザのトリエンナーレに行き、アンドレア・ブランツィやデ・ルッキの作品を見ました。特に好きなデザイナーではないのですが、静かな空間でデザインとアートに思いを馳せるにはちょうどよく、スケジュールをみて「アートと科学」をテーマに論じ合う日があったのを知り、そういえば今年のサローネは、デザインをまっとうに論じるようなシーンをあまり見かけなかったな・・・と思いました。センピオーネのトリエンナーレや王宮あるいはコルソ・コモ10といった、動向を鳥瞰的にみせてきた場所が、今年そういう役割を明確には演じておらず、これはやはりリーマンショック以降の「仕込み不足」がジワジワと出てきたのかと思います。1995年頃、パリのモーターショーに出かけたとき、日本車がメタメタでした。90年のバブル崩壊後の開発費の削減が、時差で見えてきたのです。あの情景を、今回のサローネを眺めていて思い起こしました。

最後に、今回みたなかで印象に残った日本人デザイナーの作品を2つ。サテリテにでていた田村(Nao Tamura) さん(http://nownao.com/)。システム全体のコンセプトを構築しながら、それを詩的に表現している。考えのプロセスがしっかりしていることがいいなと思いました。もう一人は、デザイナーズブロックに出展していた茨木千香子さんの書棚。視点が全体から迫った結果のデザインであるような気がします。インテリアデザイナーと伺って、なるほどと思いました。

さて、来週掲載する日経ビジネスオンライン『新ローカリゼーションマップ』は、このサローネをテーマにします。どのアングルから書くか?ただいま思案中!

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

Category ミラノサローネ2011 | Author 安西 洋之