イタリア男は女性と一対一で会話が成立する

ぼくの奥さんが言うのですが、日本人の男性は一対一で女性と会話するのが下手。彼女は日本にいる時、ピアノの個人レッスンを生徒の家で教えていたのですが、週末なんかだと、たまに生徒の母親が出かけていて父親が家にいることがあります。そういうとき、どうもしまらない話になるというか、いや、雑談なんかしまらないのはしまらなくていいですが、どうも話がのらないんですね。それに比べると、イタリアでは違う、と。ウチでピアノのレッスンが終わった後、生徒のパパが迎えにくるのですが、まあ、よく話すのです。イタリア人の男性の話し方と言うのは、いってみれば、「おばさん」的でどうでもいいことを細かくとりとめもなく話すのが特徴です。だから、女性の相手ができるのか?という仮説もたてられるのですが、どうでしょうか・・・。

子供のパーティがあったとき、父親も沢山いるのですが、そうべらべら喋っているわけではなく、結構、つまらなそうにぼんやりとしているものです(いや、子供が幼稚園の頃は、結構、ウキウキと話していましたが)。これはどこの国でも同じじゃないかと思います。で、ぼくなんかは安心するのですが、そういう風にざわざわしているときはどうでもよいとして、一対一の時にどうか?がポイントだと言うのです、うちの奥さんは。普通に普通の話題を喋れる人が多いというのです。そう、仕事の話だ、趣味の話だというのじゃなくて、何でもない日常的なことです。これ、ぼくも思うのですが、年齢もあるかなと思います。やはり、イタリアの高度成長時代に生きてきた世代は口数が少なく、世代が若くなるほど軽く喋れるタイプが多くなっているような気はします。

いやあ、ぼくなんかも、イタリア人のママたちと話すのは得意じゃない。子供のこと、学校のこと、この話が終わると、話すことないんだよなあ・・・高度成長時代にイタリアに来ていれば良かった・・・なんて思わないですが、この話題、案外核心を衝いているかもしれないです。よく英会話は中身だ、発音じゃない!とか言いますし、ビジネスで通じればいいんだ!とも言うのですが、ぼくが昔から言うのは、「晴れた日曜日の午後、気持ちよい草原に寝転びながらできる会話が大切」ということ。これが一番難しいのです。ああ、もちろん、一対一の女性との会話というのは相手の気を引くためのものじゃありません。それは目的意識がはっきりしている。目的のない会話を前提としないといけません。

まったくシンプルに、コミュニケーションとは同じ空気を吸っていることを確認するものだ、という定義です。空気以上の重さを感じちゃいけない。じゃあ黙っていればいいじゃない・・・と言ってはいけません。女性に対して失礼です!女性を前にして沈黙など無礼もはなはだしい!・・・さあ、自らを鍛えねば!←だめ、だめ、こういう思考自身が、無駄な会話と反対なんです。

今日は、「その他」のカテゴリーのエントリーでした。

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Category その他 | Author 安西 洋之

Comment

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