グローバリゼーションとローカル文化の間

昨日、Twitterでちょっと気になった文章がありました。以下、引用します。

@daisukeyamazaki

<朝ミニ勉強会>グローバリゼーションにおけるマーケット一様化と文化的多様性の摩擦について議論しました。途上国もマーケット一様化に巻き込まれるが、 そこで文化的価値をベースとした多様性を守るために、そういったマイノリティ価値をマーケット化する必要があること、日本の地方でも同じこと。

ぼくは文化的多様性を守るというのは何か違和感があるなあと思いました。それでそう書いたら山崎さんより以下の問いがきました。

守るというより価値を市場化して、選別かけるというイメージですか?

どうもぼくの違和感は一言で説明しきれないと思ったので、このブログに書いてみることにしました。まずは「文化の多様性維持」というとユネスコやEUのポリシーを思い起こすからかなと思い、かつてここで書いた文章を探してみました。まず、「庄司克弘『欧州連合 統治と論理のゆくえ』を読む」で、アイルランドの女性がレイプで妊娠した胎児をおろすためのプロセスを書いた後に僕は次のような感想を書きました

こういう調整を延々と継続している国々に、新しい社会圏の創造に向けたノウハウと知恵が蓄積されないわけがなく、ここに新しいコンセプトを生む萌芽がある だろうとぼくは睨んでいます。平板なグローバリゼーション論とローカリゼーション論に懐疑を抱く理由でもあります。残念ながら(?)、ぼくは古典的なヨー ロッパ文化のファンではないのです。

常に文化が現実的な問題とリンクしています。もう一つは「山下範久『ワインで考えるグローバリゼーション』を読む」で取り上げた、ワインにおけるグローバルとローカルの相関関係です。

このグローバル的な動きと一見反対するようで実は相似形であるのが、テロワールー生産地特有の個性を強調ーであると指摘します。そう、「東北地方の誰々さ んご夫妻のワイン」はテロワールの文脈にあるのです。そして、「記号化されたワイン」という意味では、パーカーの作る世界と同じ舞台であるといえます。

地方重視あるいはローカルの掘り出し物をグローバリゼーションとの対立軸でみると無理があります。つまりは、グローバル戦略に内包されるローカル価値、ローカル価値の集積としてのグローバル価値を動的に見つめる視点が重要であると思い、ローカリゼーションマッププロジェクトを推進しているぼくにとって、「文化の多様性維持」という表現がどうも静的な視点に思えたのです。

もちろん、山崎さんが話題にされていたテーマは大切でぼくも大変興味のある話です。きっと勉強会でも静的なタームではなかったでしょう。多分、ぼくが偏見か先入観か分かりませんが、「文化の多様性を守る」と言うときの文化をかなり限定的な定義に使っていると勝手に想像してしまったところに問題の原因があるかもしれません。

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

Category ローカリゼーションマップ | Author 安西 洋之

Comment

  1. [...] This post was mentioned on Twitter by 安西洋之, ai kaneko, DaisukeYamazaki, DaisukeYamazaki, 安西洋之 and others. 安西洋之 said: 「グローバリゼーションとローカル文化の間」を書きました→http://bit.ly/hl3iYX R [...]