2010年から2011年への渡し舟(1)

年は強制的に変わるものです。しかし、今年のことは来年に上手く繋げたいし、来年になれば今年のことが滑らかに押し進んできたことを実感したいと思うものでしょう。ここに何か適当な言葉はないかなと思っていたら、ふと「渡し舟」という表現が思い浮びました。かつての渡し船は橋に変わり、多くは陸続きになっているのが現代社会ですが、年をまたぐには橋ではなく渡し舟の感覚が似合うのではと思ったのです。だいたい橋は往復イメージが強すぎる!

そう、どんなにあがいても往った年は繰り返さない。でもなんせ365日も共に過ごした年をおろそかにするなんて馬鹿なことは考えないほうがいい・・・というわけで、今年を振り返ってみようと思うわけです。まずは、世界全体の動きから。

特に何かのサイトや雑誌で振り返るのではなく、ぼく自身の記憶に残っている「感触」から言います。2008年に突入した世界不況は、2010年において、2008年末のマスメディアを騒がしたような状況には至りませんでしたが、その影響が世界の街角の隅々までいきわたったといえるでしょう。産業間の時差ー例えば自動車や電機と建設業の時差ーは2009年に既になくなっています。2010年は、その時差のないなかでストラクチャーがもろに浮き彫りにされた年です。別の表現にすれば、換えるべきストラクチャーが明確になってきたということです。街の隅々とはこういうことです。アジアの新興国のことがこれだけ語られるのも、このストラクチャー変化の一表現とみるべきでしょう。

ギリシャの破綻あるいはスペインやアイルランドの苦境の話し、あるいはドイツの回復基調は、それぞれ一緒のレベルで語ることができないかもしれませんが、言ってみれば輝かしい未来がある地域だけに自律的にあるのではなく、新しいストラクチャーとの組み合わせにしかありえないことを認識させる現象の数々といえるでしょう。新興国の輸出先としての先進国という捉え方は既に古い地図であり、およそ先進国という表現自身、相当に色あせたものになっています。G8からG20が象徴的です。もちろん現実としては大きなギャップが地域ごとにあるのですが、経済先進国は結局のところ「先行きが行き詰った国」です。しかし、開発途上国や新興国も「今後に将来があるように見えるが、その先に行けば行き詰るだろう国」でしかない、今のところ。

即ち、考え方や見方の見直しが非常に重要になっています。あれだけの厳しい労働に日々の糧を見出していた中国人移民の子供が、「もう、お金じゃないですよね」と語るのを聞き、世の中の価値観の変貌のスピードに驚きました。伝統は生きるが、伝統に生じる綻びを見逃せない・・・とことさら実感する年でした。

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Category さまざまなデザイン, その他 | Author 安西 洋之

Comment

  1. [...] This post was mentioned on Twitter by takashi fujimoto and TetsutaroNakabayashi. TetsutaroNakabayashi said: RT @anzaih: 来年のことを考えるに、いろいろと頭のなかを整理してみようと思う。それで「2010年から [...]