地図を描いたイタリア人

日本人と欧州人の思考パターンの違いの一例として、拙著『ヨーロッパの目 日本の目』や日経ビジネスオンラインでイタリア人の書いた地図を紹介しました。

ミラノに住むイタリア人の描いた地図だ。スイス国境近くの別荘までの道を教えてくれた。目的地までまっすぐの1本の道。NOと書かれているのは、「高速道 路のここで出るな!」という指示だ。彼は、出口があるたびに「ここは違う」と、クルマを運転しながら独り言を言っているのだろう。

描いた本人はコンピューターエンジニアではない。80代の経営者だ。この種の地図を描く人を日本ではあまり見ない。およそ日本で教育を受けた人は、紙の上を北にし、鳥瞰的な地図を収まりよく描く。

ところが、ヨーロッパでは、1枚の紙で出発点から目的地まで描き切れない人が珍しくない。住所が、町名ではなく、通り名で成立しているのはご存じだろう。

今まで、この80代の男性ってどんな感じの人なのかと何人かに尋ねられたので、ご本人の許可をもらって、ここで公開することにしました。ミラノ工科大学を卒業し、戦争中はアフリカで捕虜になった将校。その後、いくつかの会社の幹部として渡り歩き、現在は大きな病院の会長職にある人です。89歳になった今も週二日は職場に向かいます。歴史にはめっぽう強いし、レシピ集を作るくらいに自分で料理もします。絵画を描くのも好きで、別荘のある村の古い教会に自作を寄贈し、壁にかけられています。「あと300年もすれば、あの絵画の人間は誰だ?と言われないかなと思ってね」とウィンクします。ある聖人の肖像画なのですが、描いた本人にかなり似ているのです。この30年くらいは版画に取り組み、イタリア美術史に残る作品を版画化し、最近、それらをミラノに近い生誕の地の博物館に寄贈しました。下は、それらの作品を眺めているところです。

さすがにこの1-2年は市内の決まった場所にしか行きませんが、いまだFIAT500のハンドルを握ります。其の前までは、つまり86-7歳までは、上に引用したスイス国境近くの別荘までの2時間の道を奥さんと二人で出かけました。首がよく動かないので、高速道路の進入路から本線に入る時は、奥さんが助手席で後ろを振り返り「さあ、今よ!」と合図をしていました。相当に危険なドライブですが、二人三脚でいけば何とかなってしまうのです。かくいう70代の奥さんも実にエネルギッシュで、今年、子供のための本を出版しました。凄いのは、自家出版でもないのに、出版社との直接取引きで自分で販売を手がけることにしたことです。

政界の大物や大手スーパー会長に直筆の手紙を添えて本を贈りチャンスを狙い、青空市場に小さな台を出して終日立ちっぱなしで販促に努めたりと驚きの連続です。一日外に出ればどこか道や店で知り合った人に一冊売ってくる。郵便局に何かの振込みにいけば、そこで窓口の人と雑談をしながら一冊売るのですーイタリアの郵便局の窓口が混むのも当然だ!-。「どうせ、売れないだろう」と先走りして考えない。前に進めば必ず何かが変わるという信念のもとは何なのだろう・・・といつも思います。

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Category 『ヨーロッパの目 日本の目』, ローカリゼーションマップ | Author 安西 洋之

Comment

  1. [...] This post was mentioned on Twitter by 安西洋之 and ふじたく / 東京大学大学院, 安西洋之. 安西洋之 said: 日経ビジネスオンラインで紹介したイタリア人の書いた地図→ http://bit.ly/bjy9H3 どういう [...]