篠原匡『おまんのモノサシ持ちよ!』を読む

地方は切り捨て、東京の効率をマックスなレベルにもっていき国際競争力を高め、ハブ化するしかないだろうと語る人たちがいる。それが日本を救うための唯一の手段であると。そういうこともあるかもしれないけど、それを言うなら、まずは東京の発信内容が金太郎飴ではダメだ。東京が実力を発揮するということは、一方でさまざまな異物がぶつかり合った活性状態を用意しなければいけない。巨大化した東京で活動する人たちが、誰かに「右向け!」といわれたら不平も疑問も言わず黙って右を向くようであったらいけない。その逆でないと困る。だから、東京のハブ化にエネルギーを集中するなら、「反ハブ化」を強く唱える勢力も心地よく生きれる空間でないといけない。そうした目で東京をみたとき、さまざまな意見が流通するより、一方的な意見が多勢を占めることに息苦しさを感じない人たちが少なくないことに気づく。これは危ない。

人は環境の産物で、同じところにいると、およそ同じような考えをもってくる。愚かな存在。が、そのほうが楽なのだ。いや、正確にいえば、楽と思う人が多い。ゆえに、この性質を助長するような要因を極力排除することが賢明である。東京以外の地方の「小東京化」は、東京の考え方をフォローしているという意味で危険。もともと、東京の考え方のバリエーションが貧弱なのだから、フォローするに値しないと強く思ったほうがいい。「そんなのナンボのものだ!」って。しかし、残念ながら、そう言いきれる人は少ない。言い切った人は目立つ。行動人はさらに注目を引く。

「地域の差異が商品になり、地域の個性が観光につながる。つまり、地域の独自性が産業になるとオレは考えちゅう。確かに、3億円、5億円の産業は国から見れば小さなもの。でも、この目線があかん。3億円が100個ある方が、100億円が3つよりもずっと豊かやと思う」

梅原真のせりふだ。「ニッポンの風景をつくりなおせ」の梅原。土佐のデザイナー。徹底して地方の視覚化されていない資産に目をむけ、それを世にコミュニケートしてきた。「ぽん酢しょうゆ ゆずの村」「一本釣り、藁焼きたたき」「シブガキ男の石鹸」「島じゃあ常識 さざえカレー」・・・・・・。「ニッポンの風景をつくりなおせ」は梅原本人の本。本書は日経ビジネスオンラインに連載された記者のルポ。当然ながら視点の違いが現実を変えて見せる。梅原批判の声ものせている。

この本を昨日、東京からミラノの飛行機のなかで読了した。雲の上を飛びながら考えた。この梅原のやってきたこと、実にイタリア的ではないかと思う。人のものさしではなく、自分のものさしをもつ。これがイタリアの教育だ。今、自分のいる場所にある歴史を調べ、そこでしかできない価値を見出し、それを他にコミュニケートしていくのが都市再生の基本。それも具体的な商品で。「反グローバル」「反環境破壊」というスローガンの戦いに熱中するのではなく、価値を可視化して経済化することで説得性を強めていく。この現実性がイタリアの都市復活のキーだった。ショーウィンドウに特産物を並べるだけでなく、これを作る職人が同じ場所に居を構え、その工房を見世物にするのではなく、金を生み出していく環境を確保していく。これが観光資源ともなっていく。

しかし、これはローカルをコミュニケートしていくうえでの定番でもある。よってロジックに差異はない。ただ、日本で弱い部分がある、根本的に。「自分のものさしをもつ」「差異を強みとして利用する」。この二つだ。「自分のものさしをもつ」ことがタイトルになるくらいに、日本では自分のものさしが欠けている。ひとのものさしを使うことに馴れきっている。差異があること自身を怖がる。この状態がある限り、結果として、地方の再生は中途半端だし、東京もグローバルハブになれきれない。たった二つなのだ。問題解決への道は。たった二つ、でも精神的に強くないともてない二つだ

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Category さまざまなデザイン | Author 安西 洋之