山田眞次郎『インクス流ー驚異のプロセステクノロジーのすべて』を読む
Date:10/8/30
ビジネスというのは正しい方向に向かっていても、さまざまな要因で頓挫することがあります。しかし、それは正しい方向を否定するものではなく、たまたまやり方に問題があったという手段の是正のレベルですむことが多々あります。ぼくがよく言うことがあります。「ヨーロッパ経済統合が何十年をも経て完成したのは、何か失敗したときに、目標設定が悪かったと釈明して目標自身をゼロに戻すという文化がないからだ。上手くいかないのは、目標ではなく、方法に誤りがあったからだと反省する。それがヨーロッパだ。あるいは、ヨーロッパ以外でも通じるロジックだ。が、日本では目標の未達は道徳的な指弾を受けやすく、アイデアから含めて全てミスであったと言わないと周囲が満足しにくいところがある。これが新しいコンセプトへの挑戦を阻害する理由となっている」
インクスという1990年に設立した金型開発・製造会社は、従来45日かかっていたケータイの金型を45時間に短縮することを可能にした会社です。しかし、2009年はじめ、民事再生法の申請をしています。どうして頓挫したのかという理由は、2003年に出版された本書には記載されていないので分かりません。プロセステクノロジーで人の判断を極限まで排除していったことが、大量の受注を物理的に裁けることを意味していなかった。2003年時点でこう書かれていますが、その後、これがどう解決されたのか、解決されなかったのか。それははっきり分かりません。それでも、この本で語られている内容は今も生きています。
今後日本の製造業は次々と旬の製品を開発し、ユーザーの嗜好が続いている旬の瞬間に売り切らなければならないということだ。生産もかつてのようなフラットな生産から、大きな波のある生産に変わりつつある。その中で生き残れるのは、次々と旬の時に旬の製品を開発できる力をもった企業だけである。
これが45日を45時間に短縮させた原動力。暗黙知満載の熟達の職人の仕事を粒さに観察し質問を連発し、2年後にできたマニュアルで新人も同じ金型ができるようになる。「もうこれ以上、恥をかかせないでくれ」と職人が去っていく辛さを残しながら、プロセスの形式知化が推進されていきます。
日本の製造業の弱点は、タイムリーな製品が出せてもヒストリーを作る製品がなかなか出せない点にあるとぼくは考えていますが、必ずしもタイムリーな製品にNOと言っているわけではありません。旬の製品「も」必要であり、しかしながら「旬」の製品だけが世の中に溢れかえる状況は褒めたものではないといいたいのです。「旬」の製品を出しながら、時代を作る製品も並行して出していく、その割合の問題に何処まで敏感になれるか?が、いつの時でも必要な素養です。そういう鋭敏さをもつためにも、逆説的に聞こえるかもしれませんが、45時間に拘るべきだと思います。
クルマのような動的状況における情報認知をテーマにすると、デスクワークのような静的状況での認知に関するデータで「使えない」ことが多くありますが、本書は金型開発が動的状況として把握されているのではないかと思えます。次の部分です。
人間が、モニターに表示された意思を受け取り、再びモニターに意思を戻すまでの伝達のスピードは次のようになる。
1、モニターから目までは、光速
2、目から脳へ視覚信号が伝わるまでに、0.1秒
3、脳での判断は、人によって差が生じ、0.4秒~無限
4、脳での判断をネットワークに入力するために、脳からマウスをクリックする指に信号が伝わるまでに、0.1秒意思が、コンピューターネットワークから離れ、画面の文字や絵などを通じて人間の体の体内にあるとき、最も時間がかかるのである。
プロセステクノロジーがユーザーインターフェースと密接な問題であることが指摘されています。ここにおいてもう一つ残されたテーマは、この状況における人間の心。心の状態が判断の時間をどれほどに左右するか、ということ。悲しいときに、時間が余計にかかり、嬉しいときに、即断ができるのか?その逆か?結局、この課題を突き詰めていくと、旬の製品つくりから、時代をつくる製品つくりに論理がじょじょに移動していきます。文化の要素も強くなります。だから、繰り返しますが、45時間への挑戦は無意味ではないのです。論理の移動の仕方に配慮を重ねるだけです。あるいは手法の問題に徹することです。









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