世界の広さは自分で決める

ミラノサローネ2010で書いたと思いますが、サテリテで日本人デザイナーの作品をみて感じるのは、対象マーケットの曖昧さです。「イタリアあるいはヨーロッパで売れればいいけど、米国だっていい。まあ、少なくても日本のメーカーが興味もってくれないかなぁ」という欲があってもいいのですが、それがそのまま視線の拡張を招いている。「なんとなくの世界」「なんとなくのグローバル」に流されがちで、TV番組でみたよく分からぬカナダの家庭の風景、フランスの雑誌でみたスペインの別荘、自分で旅行したトスカーナ・・・で出来上がったヴァーチャルなグローバルイメージに自分のデザインを売り込もうとしているようにぼくの目に映ります。それに対して、ヨーロッパのデザイナーは、多くはヨーロッパを当然のように市場としています。それも、イタリア人であれば、実際に旅行したスイス、ドイツ、フランスあたりの日常生活経験をベースにコンセプトを考えているのがかなり明確です。

これは、世界各国の料理が外食レベルではなく、家庭料理として浸透している稀有の国である日本の文化的伝統をあらわしているともいえます。が、世界をマーケットにしたとき、あまり有効に働かない側面もあるというわけです。相手が曖昧だと考えるものも曖昧になるのです。「自分の相手は、ここだ!」と区切ったほうがコンセプトはメリハリのきいたものになります。その究極が、「俺の欲しいモノを作るんだ」という態度です。それはそれでちっとも悪くありません。それが問題になるのは、ある規模の企業が世界各地である規模の金をこれで動かそうという際、何らかの説得材料が必要になるときです。「そのマーケットのことは何も知りませんでした」と売れない敗因を語るわけにはいかず、だいたい、法規や言葉はいざしらず、習慣や趣向がまったく違って売れない市場をどこかと最低限でもおさえようとしないのは無鉄砲もいいところです。結局のところ、売れないとしかたない・・・。

だから、最初のコンセプトがどんなに局地的であってもいいーいや、局地的ほど面白いものが出る可能性があるーのですが、それをビジネスとして展開するときには、よりマーケットが具体的に見えていたほうがいい。その点で、ヨーロッパのデザイナーの方がギャップを持ちにくい事情があり、日本のデザイナーは不可避的にギャップを持たざるを得ない事情があるといえるでしょう。したがって、努めて市場の大きさを自覚的に把握する必要が日本企業にはあります。にもかかわらず、そこは米系企業の何歩か後ろをいっていることが多いのです。つまり、米系企業はグローバルとはどの程度の広さを指すかをより実感している。10ヶ国語の言語範囲なのか?40ヶ国語の言語範囲なのか?これらの違いをより知っている。だから、世界市場に販売するときのグローバルガイドラインーあるいはローカリゼーションガイドラインーを用意することが当たり前にできるのでしょう

今週の月曜日、JIDA事務局で「ローカリゼーションの基礎を学ぶ」という勉強会を開催しました。定員を大幅に超える方たちが集まりました。翻訳やソフトウェアを対象にローカライズのプロセスをライオンブジッリ社の古河さんと永島さんに説明してもらいました。増加する機械翻訳やクラウドを使った翻訳メモリーなどテクノロジーの行方も含め、ぼく自身、大変興味深い話題が豊富でしたが、一番のポイントは、グローバルを自分で規定し、そこにおけるガイドラインを構築するという発想の重要性だと思いました。これができてこそ、プラットフォーム構築に取り掛かれます。何よりもまず、自分が世界の広さを決める・・・この覚悟です。これは前回、書いたi.schoolのWSにも通じることです。

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Category ミラノサローネ2010, ローカリゼーションマップ | Author 安西 洋之

Comment

  1. [...] This post was mentioned on Twitter by Hiroshi Tamura, 安西洋之. 安西洋之 said: グローバルとよくいうが、それは地球全部を指していない。だから、世界の広さは自分で決めることができ、そこが発想 [...]