鶴見良行『東南アジアを知るー私の方法ー』を読む
Date:10/8/14
8月15日のぼくの誕生日を前にして、期せずして自らの過去を振り返る本を読んだなあというのが、読了後の一言。1926年生まれの鶴見良行はぼくにとって同時代の人ではなく、「雲の上」の人です。『朝日ジャーナル』で「マングローブの沼地で」の連載を書き、ベ平連で小田実や従兄弟の鶴見俊輔のそばにいた人。当時、彼らをぼくはヒーローとしてみていました。米国生まれの鶴見良行は、米国からのものの見方に嫌気がさし、アジアを自分の足で歩き始めるのですが、行動をともにしたのは村井吉敬。ぼくが大学に入った頃、アジア研究者としてホットな話題を提供し続けていた人で、その村井が本書のあとがきを書いています。・・・・そして、ここが重要なのですが、仏文科の学生だったぼくは、アジア研究に目を向けなくてもすむ説明を探していたということを本書を読んで思い出したのです。
学生運動の名残は十分にあり、公害反対運動にシビアさがある時代、それに関わるには、かなりストイックな態度が全てに対して求められていた(風があった)。ファッションやテニスに興味をもちながら、そういう活動をするのは軟弱であり許容できないという空気が強く、やや肩が凝る姿勢を強いられました。そのような枠組みをまったく気にせず、あるいは知らないで動く人たちもいましたが、ぼくの場合はそうではなかった。僅かながらでも知っているから、批判されない立場の確保を考えざるを得なかったのです。だから今でも、鶴見良行の「日本はアジアを金でばかりみていて彼らの生活を見ていない」という文章を読むとき、瞬時でも自らの内の声に耳を傾ける・・・ということになる。日本と東南アジアのつながりの構築について、『マラッカ物語』のあとがきが引用されています。
「世界にはさまざまな人がいる」という発想から、日本とは実体的なつながりのない土地やそこの土地について書けば、それは日本人の感情に訴えない”地理書”になってしまいます。そのままの形でいくらか訴えるところがあるとすれば、安直な”探検物”になって”日本に消えつつある自然をそこに求めるという形になります。
”感情移入”といういのは、自分の体験を中心とした相手への没入ですから、あくまでも自分中心主義です。そこに難点があります。日本人読者にたやすくわかってもらうことを狙って”感情移入”の回路を走れば、自分に関係のある問題しか見えなくなります。
思い当たる節があるとドキッとする方も多いでしょう。彼は国際文化会館の企画部長として日米知的交流に励みながら、ベトナム戦争の波にもまれ、自分の心に誠実であり、かつ「正しさへの追及」の道を探っていた。そして、その根もとには、近世以降の日本とアジアのかかわりにおける日本に対する「後ろめたさ」があったわけです。現在、BOP問題への若年層の積極的関心をみていると、このあたりのスタート地点での悩みや迷いがないことが、良い意味でプラスに貢献していると思い、また物足りなさでもあります。世代が変わらないと社会は動かないという定理は、良い意味でも悪い意味でも、その通りでしょう。
何事も具体的なモノなりで考えることは大事で、鶴見良行はバナナやエビを通じてアジアを研究していきました。「身近な食品をとりあげることが、”感情移入”のたやすい道を歩むことになり、それが普通の日本人に到達するうえで早道だと感じた」のです。しかも、エビをとりあげることで、「海産物によって海の側から大地を眺められる」というわけです。その海側からの視点がさまざまな歴史において抜け落ちているのですが、鶴見はこう書きます。
このように、日本でも東南アジアでも、私たちの手持ちの認識=学問には、穴ぼこのような見落としがあります。この穴ぼこの分布図を作ってみますと、そこに一種の傾向性が見られます。つまり偶然に見落としているのではなく、偏った目の働かせ方に時代の要求が感じ取られるのです。
見ないものの傾向を指しています。だから現場を歩き観察をする。したがって、他人の同じような姿勢には高い評価を与えます。
たとえばカップラーメンの中にどういうエビが入っているか、ということを徹底的に調べた人がいます。インドからきているムキエビなのですが、そういうのは感動的なわけです。彼女は私にエビのスライドを借りにきましたから、「ただで借りるということはないだろう。君たちが勉強しているんだったら貸してやるよ」という話をしました。それでカップラーメンを調べて来いといったら、彼女は甲府のT社の工場へ行ったり、横浜港へ行ったりしてその問題を本に書いています。
私も彼女が調べてくるまで、T社のカップラーメンの中に入っているエビがインドのものとは知りませんでした。そういうところが、ふつうの人に伝える文章をつくるときの一種のコツだと思います。
こういう発見は確かに実感を伴いやすく、説得力をもちます。できるだけ多数の人に共通のテーマで引っ張り、じょじょに問題をフォーカスさせていく手法は大事で、そのためには何度も何度もアウトプットを重ねることが肝です。本書の副題は「私の方法」。あまりに簡潔にこの本の趣旨を述べたタイトルには唖然とするほど力があり、「私の方法」と言い切る(切れる)経験と実績をどれほどにもつか、それが人生の勝負どころだなと思います。要するに、「人の方法」は「人の方法」で「私の方法」にはならないのです。ただ、そこに客観性があってこその「私の方法」であり、それが「私のアジア」が説得力をもてるための条件になります。









[...] This post was mentioned on Twitter by Sawa Hirano, 安西洋之. 安西洋之 said: イタリアにせよアジアにせよ、どこかの地域を語るのは、一人称でいいのではないかと思う。「ぼくのイタリア」と言って [...]