ピンクのジャケットを着るかどうかは大いに迷うところ

今週、ミラノのサルトリアでジャケットを見ていたところ、ハッとするピンクのジャケットを見つけました。そんなに濃いピンクではなく薄いピンク。とても品があり綺麗なので思わず手にとり試着しました。サイズもちょうどいい。買っちゃおうか、と一瞬思いますが、頭を振って「いや、いや、こういうのを買ってはいけない。どこに着ていくんだ?」と自問します。見た瞬間、夏の海岸沿いのカフェでビールを飲む姿を想像します。確かにあそこにはいい。でも、「ミラノでも仕事で着れるか?いわんや、東京でどこで着れる?」という疑問符が頭を走ります。

ピンクのシャツは何枚かもっているしセーターも着ますが、ジャケットは話が違います。同じカラーでも洋服のカテゴリーが異なると急に敷居が高まります。「でも、ミラノならいいんじゃない?」と言う人もいますが、これは逆でダークスーツが基本で、それには白かブルー系のシャツがルールであることが定着しています。薄い茶系の麻のスーツにもシャツは白かブルー。「ピンクやイエローのシャツはイナカモンが着る色」と言われたりします。とても保守的なわけですーミラノでファッションに長く携わってきた友人によれば、特にこの数年は世界的にこの保守的傾向が強いようです。あるいはシック。しかし、それは逆にいうと、色のコンビネーションは色彩学上定義されていることを尊重していることも意味します。この色とあの色は合わないというのが徹底され、この色を使うときはどこかのパーツに同系色を入れる、といった気配りが当然視されるということです。そのルールから外れると、生理的に落ち着かないという感覚世界で生きています。つまり色彩学的な判断が生理的な部分とリンクしており、だからTPOを含めた色の扱いに説得力がでます

自宅に戻っても、あのジャケットのピンクが目に焼きついています。「ああいうジャケットは、場所そのものだけでなく、職業的にそういう立場じゃないと難しいよな」と思い返します。アーティストなら何色を着てもいいだろうと、アーティストではないぼくは思います。アーティストが何というか分かりませんが、とりあえず外の人はそう思うという土壌が色にはあります。必ずしもアーティストが自由人とは定義できないけど、それに近いところにいると世間に思ってもらえることが可能なポジションにいます。その日の晩、ぼくは「アーティストになりたい。自由にピンクのジャケットを着れるような人間になりたいなぁ・・・」と不思議と強く思いました。

別にピンクに自分のメッセージを込めたい、自由に服を選びたいーだいたい、今でも自由な立場で自由に選んでいるほうですがーというより、極めて感覚的なところで底のない自由を求めたいという欲求です。洋服の色を契機にこう思うのもあまりないのですが、どういうわけか、ピンクのジャケットは違ったようです。

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Category その他, イタリア料理と文化 | Author 安西 洋之

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  1. [...] This post was mentioned on Twitter by あや and デルポンテ, 安西洋之. 安西洋之 said: ブログに「ピンクのジャケットを着るかどうかは大いに迷う」と書いた。http://bit.ly/9vskRD なかなかどころか、 [...]