「TEDxTokyoにおける川口盛之助さんのトイレの世界観」を見る

日本のトイレの特徴は例を挙げていくと沢山あります。便座の前に立つと自動で蓋が開き、用を終えると自動で蓋が閉まる。約70%というシャワートイレの普及率の高さ。温かい便座。音消し機能・・・と思い浮かべるだけで「ああ、日本だなぁ」と思います。だから逆に、外国人が日本に行くと大いに戸惑うことが多く、例えば「シャワートイレのアイコンがさっぱり分からなくて何なの?」とか(お尻のカタチが数字の3に見えてしまう。シャワートイレの存在さえ想像していないユーザーに、3以外を想像させるほうに無理があるかもしれない)。「シャワートイレは気に入った。でも便座の電気は切りたい・・・」とか。

尻があたたかいといえば、電車のシートが温かくなるのを嫌う外国人は結構いて、疲れて座りたいけど立っているという人もいるぐらいです。ある知らない機能に接したとき、最初は違和感が先走り、しかし使っているうちに馴れ、最後にはそれなしには生活できない・・・というプロセスがあります。日本式トイレの外国文化との一般的接触について言えば、第一ステップのどこかというところでしょう。ぼくがいつも日本で思うのは、公共トイレでドライヤーやペーパータオルが用意している場所が思いのほか少なく、どうして衛生観念が全てのフローに至っていないのか?という点です。パーフェクトであるようでどこか抜けている・・・それが日本文化の愛すべき点なのかもしれません・・・。

今月、お台場でTEDxTokyoというイベントが行われました。「TEDは、テクノロジー、エンターテイメント、デザインの頭文字を表し、この3つの領域が一体となって未来を形作るという考えに由来します。そのイベント が網羅する分野は広く、50回を超えるプレゼンテーションや朝夕のイベントを通して、あらゆる方面からの素晴らしいアイディアを紹介します」とHPに掲載されています。ぼくはこのイベントをTwitter上で知り、ustream でのライブを見ることはなく、視聴者のコメントや感想だけ拾い読みしていました。アーサー・D・リトルの川口盛之助さんのトイレのプレゼンが受けているのも読みました。「日常の身近にある例で技術と文化を語る視点が馴染みやすかったのかな」と想像していました。そうしたら先日、ご本人からメールがあり、YouTubeにアップされたと連絡をいただきました。さっそく3度ほど繰り返して見ました。

トイレの環境を衛生、健康、快適性、デリカシー、ホスピタリティ、エコロジー、楽しみ、便宜性といった項目にブレイクダウンし、それぞれに該当する技術を紹介しています。蓋の自動開閉は衛生、ホスピタリティ、便宜性。音消しはデリカシー、ホスピタリティ、エコロジー。トイレに入り便座まで6秒。だから6秒で便座が温まるよう赤外線がセットされているー川口さんによれば「緊急時以外は6秒で問題ないのでしょう」。これは衛生、快適性、ホスピタリティ。このプレゼンをみながら、技術特性とその応用が分かりやすく整理されているーそれもロボットに喩え擬人化して笑いを誘っているーことに感心しました。個々の技術が集まって作る世界観を一般の聴衆に分かるようにまとめているのです。川口さんは学生時代、短距離の選手だったと伺ったことがありますが、リズム感溢れる軽快な展開はスポーツ的な爽快さがあります。こういう日本文化の紹介方法もアリです。いや、「紹介方法も」ではなく「紹介方法こそ」アリです。

さて、これをローカリゼーションマップ研究会の立場から見てみるとどうなるでしょう。色々な項目と技術の対応が文化圏ごとによって微妙にずれてくるのではないかと想像しました。冒頭に述べたように、手をなるべく汚さないようなフローを実現しながら、最後のステップでオチがある。海外では自動開閉や音消しはないが、最後に手をドライヤーで乾かすことが押さえてある。「日本ではハンカチを常備するものだ」と言うかもしれませんが、ハンカチを何度も使うのと、ドライヤーやペーパータオルとどちらが衛生的なのか?恋人が涙を流したとき、トイレで使ったハンカチを差し出すのか?これは衛生面だけでなくデリカシーの面ではどうでしょうか。

つまりデリカシーや快適性といったカテゴリーだけでなく、衛生というかなり合理性の高い項目も、コンテクストによってかなり揺れやすい概念ではないかと思われてきます。喩えれば「誰が洗ったかわからないフォークより、石鹸でちゃんと洗った手で食べたほうが清潔」という物言いにどう対抗するかです。カール・ケイ「『日本人が知らない「儲かる国」ニッポン』を読む」で引用したように、米国と比較して日本で院内感染が多いのは病室における洗面台の設置の少なさという指摘があります。サービスの本質とは何かの肝心な点で、どこまで文化を差異を超えて共通理解を獲得できるかがテーマになります、

こういう文脈でみると、川口さんのプレゼンは多角的な文化解釈を考えていく上でも有意義だったのではないかと思います。ここに論議するにふさわしいネタが出揃っています。このプレゼンをベースに各地域にどうローカリゼーションをするのが適当かが考えられます。シャワートイレや温かい便座という単機能でみるのではなく、「トイレの世界観」を全体フローで検討するとものすごく充実した成果が得られるのです。ここに「ものづくり」「コンテンツ」「水平展開」「プラットフォーム」といった議論を昇華する「秘儀」があります。

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Category 『ヨーロッパの目 日本の目』, セミナー・講演など, 本を読む | Author 安西 洋之