カール・ケイ他『日本人が知らない「儲かる国」ニッポン』を読む

ヨーロッパに住む多くの日本人が口々に「一晩中あいているコンビニにラフな格好でいつでも行けるのが懐かしい」「日曜日に店が閉まっているなんて信じられない」といった不満を言ったあと、「日本のようなキメの細かいサービスをヨーロッパでもやってくれれば受けると思うんだけどなぁ」と決まったように続きます。日本は、ことサービスについては世界でトップレベルであるという自負があるわけです。「JALのサービスを想う」で引用した「JALのサービスは最高で、日本に来る外国人も、JALの日本的サービスを評価しているのだから、今後もあのサービスを失わずに再建に頑張って欲しい」というTVのコメンテーターの発言にも、その自負は見て取れます

しかし、その日本の「銀行の支店で客におしぼりを渡す」「説明できない店員を無駄に多くおく家電量販店」にみられるサービスは表面的であり本質な部分をカバーしていないと指摘し、日本で活躍する外国人起業家が具体的にどう間隙をついているかの事例を豊富に紹介したのが本書です。金融、不動産、IT、医療・ヘルスケア・・・という分野がピックアップされています。

もともと英語で外国人のために書かれた本で、それを日本語に訳したものですが、あとがきに書かれたケイの次の文章が、この間隙を見つけるに至る経験の質の理解度を語っています。

私にしてみれば、日本における生活の質は、ただの知的興味の対象ではない。日本で土地を買って、土地を建て、葬式に参列し、銀行を借金し、医者と口論してきたのだ。個人として日本のサービス産業に向き合うと、裏切られたという思いといらだちが先に立つ。そして、アメリカのような豊富な選択肢や支援がないことを、痛切に感じる。この問題を分析して書くことができるはずというティムの確信によって、私たちの本をスタートした。

異国文化間にある差異をビジネスに活用するアイデアは古来からのものでありますが、その範囲とバリエーションを深度も含めて理解するには、こうした日常生活での体験の絶対量がものをいいます。体験だけがあればいいわけではありませんが、体験なしにはどうしても応用力が得られないのです。

典型的な起業のきっかけは、自分の経験を通じ、かつまた他人の経験をつぶさに観察し、不愉快、面倒、悲惨な問題に気づくことだろう。さらに、幅広い下調べをして、それが大きく広がっている問題であることを確かめ、解決策を編み出す。

不愉快、面倒、悲惨がキーワードになっていますが、実のところ、「こういうもんだ」と思っているところでは不愉快にさえ思うこともなく、自分の経験を多数の視点から見ることが求められているのは言うまでもないことです。日本の病院では病室に洗面台がないことが多い事実が清潔感の違いと指摘され、院内感染の一要因になっているー米国での洗面台設置は法律で義務ー可能性を暗示しています。ぼくも、今や日本のどこの場所でもトイレがきれいになっているのに、洗った手を拭くペーパータオルがない、乾燥機がないことが多数であることに愕然とします。ソウルのホテルのバーのカウンターの向こうに、堂々とトイレットペーパーがカウンターでの用のために置かれているのにギョッとすることは、衛生観念の差異という観点でいえば同列に置かれるかもしれません。

ヨーロッパのあるレベルの家庭では子供部屋にそれぞれ洗面台があり、洗面台の衛生観念における位置が違うことが分かります。ぼくが「目が馴れる、あるいは目を馴らす」で書いた、日本の食卓におけるナプキンの不在もそうです。飲食店でのおしぼりは便利ーなにせ汚れたテーブルを拭くのにも使われる!-ですが、手を清潔にして食事をするには洗面所で手を洗うことがベターであり、そのためにはきれいな洗面所に乾燥機やタオルが置かれることが正道であり、かつ食事のためにはナプキンが常備される・・・というのが、本書で語るサービスの本質を考えるに至る目線や観念のギャップの初歩ではないかと思います。

また、「日本のポップカルチャーを世界へ」という掛け声が如何に難しいかを、以下の外国人の日本市場参入に対する説明が逆に的確に物語っています。

急成長の先端を走る娯楽産業は、むろん起業家にとって魅力的だ。しかし、日本人と同じように日本語ができて、日本文化にも通じていないかぎり、外国人がこの分野で事業を起こすのはむずかしいし、日本のポップカルチャーの本質をつかむのはさらにむずかしい。ニラジ・ジャンジのように、ユニバーサルな魅力を備えたものを提供できなければ、アウトサイダーは日本の娯楽産業ではつまづくだろう。

本書を読んだ動機を最後に書いておきましょう。昨年10月初め、丸の内丸善で石倉洋子さんの『戦略シフト』に関するトークショーがありました。質問のセッションでぼくは日本メーカーのローカリゼーション戦略の欠如を指摘し、それに対する意見を石倉さんに聞きました。その後、「他の人と違ったことを言う人には興味がある」と声をかけてくれたのが、この著者、カール・ケイでした。数週間後に郵送で献本してくれたのですが、白い封筒が本であるとは気づかず、そのままになっていたことを先月の日本滞在で発見したのでした。申し訳ないことをしました。しかも、こんな面白い本を書いた人とは全然しらなかったのです。次回、東京で再会したいと思っています。

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Category 本を読む | Author 安西 洋之