トスカーナの露天風呂ー1

アレキサンダー・フォン・エルポンスがトスカーナの山の中の自邸に露天風呂を自分で作ろうと思ったという話をしますが、まずは彼のバックグランドから説明します。父方家系を辿ると15世紀のイタリアに行き着き、フランス、プロイセンと貴族の称号を得てきました。母親の家系もベルギーの金融界の重鎮でした。彼はドイツ人の父親とベルギー人の母親の子としてスイスに生まれたのですが、幼少の頃より、自宅の食事の席につくにも、ネクタイとジャケットを着るように言われる家庭に育ちました。ぼくは15年くらいの付き合いになりますが、夜中遅くまで酒を飲んだ翌朝早く、台所でネクタイをして前の晩の食器を洗う姿には感心しました。

<上の写真はアレキサンダーからすると4-5世代前の人になります。フィレンツェ大学で法律を勉強し、後にスペインの教会の法律顧問となりました>

ベルギーでカトリックの厳しい高校生活を終えたアレキサンダーは、将来は外交官になりたいと思い、大学では法学部を選びます。しかしながら、教養課程でさまざまな分野に触れ、特に哲学に関心が惹かれます。法律にとんと興味を失います。そこで母親にこう言われます。「法学部を卒業したら何をやってもいいから、法学部だけは出ておきなさい」

法学部に在籍しながら、彼は哲学の勉強を続けます。ハイデッガーやニーチェに傾倒していきますが、そのうちにハイデッガーと交友のあった日本の九鬼周造『「いき」の構造』 に出会います。彼は、ここで日本文化と遭遇します。あくまでもハイデッガーが主役であり、そのハイデッガーを通しての日本だったのですが、彼は哲学と並んで日本学も勉強したいと思うようになります。

ベルギーで法学部を卒業した彼は、大学の教授の紹介で、ドイツのミュンヘンに向います。そこで哲学と日本学を更に極めていきます。それまで、彼は合理的であること、効率的であること、 時間が何よりも重要であること、そういう価値観を重んじてきました。しかし、日本学を勉強をはじめてから、こうした価値観に大きな変化が生じてきます。そのきっかけは漢字の学習でした。でも、どうして漢字の学習で変わったのでしょうか。

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Category さまざまなデザイン, トスカーナの露天風呂 | Author 安西 洋之