綺麗になってきたイタリアの小さな街
Date:08/8/28
先週、アドリア海沿いの丘にある中世の街、ノヴィラーラに行って来ました。1月に「2800年前の船を作る」というシリーズを書いたときにご紹介しました。実は、その時に泊まったお宅は、「ぼくの歴史を話します」で触れた建築家の渡辺泰男さんの作品です。40年近く住んできたイタリアでは、やはり歴史的な建物に住みたいと思ったのでしょう。この自宅は500年以上も続いてきた家を改修したものです。今回も、ここに滞在させてもらいました。
この街を定期的に訪問しはじめて15年近くになりますが、数年前からとても街が綺麗になってきました。石畳の道から各家の壁に至るまで、オリジナルの素材を使いながら汚れがありません。それと同時に、小さな街にある二軒のリストランテは夜中を過ぎても賑わっています。近くの街から気分転換に異なる世界を味わいにくるのです。お金が落ちているわけです。こうした変化は、ここだけではなく、イタリア各地で見られます。特にトスカーナの街でははっきりしています。
最近、この5-6年のことですが、大都市や地方の中都市では外国人の居住者が増え、「街が汚れた」と嘆くイタリア人が増加しています。公園や条例が整備され、歩道の犬の糞などが以前よりは目立たなくなっても、風景は「汚れてきた」というのです。「汚れる」という言葉は様々に解釈できますが、一方、本当に小さな街は逆に綺麗になっているわけです。そして、その土地の文化の維持や特産物の販売に熱心です。
イタリアの街は、ドイツやオーストリアあるいはスイスの街に見られるような美しさとは違う美しさがあります。ちょっと一見したところでは分かりにくい美しさかもしれません。 特に日本のようなアジア的カオスをもっている街に馴れた目からすると、イタリアの街のもつ「息抜き」が評価の対象にならないかもしれません。ヨーロッパの北の人たちや、英国や米国の人たちが「イタリアは美しい国」と称えるのは、それなりにバックグランドの違いを考慮しないと理解しづらいのではないか・・・と、そんなことを思っています。
以下、1月のコラムと写真を再掲載しておきます。
http://milano.metrocs.jp/archives/50








