東京で考えたこと(8)ーオリンピックの柔道
Date:08/8/20
ロバート・ホワイティングの『イチロー革命』という本があります。米国で活躍する日本人ベースボール選手と日本で活躍する米国人野球選手、その両方について書かれています。野球はベースボールと違うものだと主張する日本の野球人、その野球人とぶつかるベースボール人、お互いの思惑がありますが、双方の良い点を取り入れようという動きも記されています。この本のことを、和洋折衷というテーマに絡めて思い出しました。
もう一つきっかけがあります。北京オリンピックの柔道に対する色々な意見を見たり聞いたりして考えたのです。日本の方たちが、「あれは柔道ではなくてレスリングだ」「青い柔道着は柔道着ではない」「ガッツポーズは柔道の礼に反する」「あれは武道ではなく、スポーツだ」と様々に語ります。ぼくは柔道の経験がないのですが、どうも「これらの意見は違うのじゃないかなぁ」という気がして仕方がありません。英国生まれのサッカーを日本でも英国流にやっているのでしょうか。殆ど全てのスポーツは日本以外の国で生まれていますが、そんなに本国流儀でしょうか。

文化発信というのは、オリジナルの形と姿が変容していくものです。外国で外国人が作る日本料理は日本で作る日本料理と違うのは当たり前です。そこで、どのエッセンスを引き継いで欲しいかというミニマムな要望を如何に分かりやすくまとめきるか。それがポイントになります。あれも、これもと欲張ってはいけません。自分たちのキャパシティを振り返ってみないといけないし、文化の違う人たちに何かを伝えるというのは、こういうものなのだと知ることが大切です。
ヨーロッパのデザイン製品を翻ってみたとき、そんなに肩に力を入れて薀蓄派にならなくてもいいのです。なにか知るべきことを知っていないという思いに取りつかれるのは、ばかげています。もっと気楽になっていいんです。気取らずに自分の世界に自分なりに嵌め込んでみればいいのです。自由に色々なデザインをもっと楽しめばいいのに・・・・そんなことを都内のデザインショップをいくつか回りながら思いました。






