山下範久『ワインで考えるグローバリゼーション』を読む

どこのフィールドでもそうですが、特に食品の世界で生産者の顔が見えることが大事と言います。地産地消が大きな声で語られます。ワインバーに行っても、「東北地方の誰々さんご夫婦が作っているワインです」と薦められたりします。実際、飲んでみると、そのストーリーを知って飲むと「まあ、いけるかな」と思ったりするのですが、「でも、そのストーリーを知らないと、ヨーロッパのワインレベルからするとイマイチだよね・・・」とカウンターで下を向いて小さな声でつぶやかざるを得ないこともあります。チリのワインが美味しいということが、新しい感覚をもっていることをアピールするーぼくは頭でワインを飲んでいるのではない!-ということもあるでしょう。

したがってグローバルな現象が多くなればなるほど、もう一方で生産地域の強調が行われます。メイド・イン・EUではスペイン産と同じにみられていやだというイタリアの生産者は、メイド・イン・イタリーという表示にこだわり、南イタリアと差別化したいトスカーナの会社は、メイド・イン・トゥスカニーを謳い文句にしようとします。地域を狭めることによって、自己の存在を際出せていくのです。しかし、ここにも落とし穴があり、土地だけでなく、作る人の国籍はどうなのか?という課題があります。

メイド・イン・イタリーの皮革バッグだと、作っているのは100%イタリアにいる中国人であった場合、それはイタリア人からすれば「イタリア製ではない」と言いたくなります。職人の手がキーだからです。多くのブランド企業のバッグは下請けで生産しますから、不法滞在の中国人を安く使っている中国人経営の工場で生産されることもあり、イタリア人企業からすると商売上、目の上のたんこぶです。そこで「うちの従業員は100%イタリア人だよ」と売り文句を掲げる企業がでてきます。しかし、ワインの場合は、土地柄がより前面に出てきますから、アフリカの不法移民を葡萄狩りに低コストで使っても、法律や倫理面からの批判こそあれ、ワインのブランドを毀損するものにはなっていません。

グローバリゼーションで葡萄の品種の収斂化ーシャルドネ、カベルネ・ソーヴィニオン、メルローという同じ品種が世界各地で作られるーが進んでいますが、1976年のパリ試飲会事件ーボルドーのワインよりカリフォルニアワインに高得点がつけられたーが象徴的な転換期であったと本書で書かれています。ワインが誕生したのは、現在のグルジアであり中国やインドでもかつてワインが飲まれていたにも関わらず、ワインの「旧世界」とはフランスとイタリアであり、カリフォルニアやチリあるいは中国のワインは「新世界」のワインとカテゴライズされますが、1976年の試飲会の結果を一つの契機として、この「新世界」がワイン舞台に登場するようになったといいます。つまり、「旧世界」のブランド品種の産地拡散現象です。

そして、この動向を強く後押ししたのが、ロバート・M・パーカー(ワイン批評家)のつける点数であり、ワイン価格相場を大きく左右する彼の評価が、「新世界」のワインを高い得点を獲得することで、ワインの地図が大きく書き換えられるようになりました。そして、このグローバル的な動きと一見反対するようで実は相似形であるのが、テロワールー生産地特有の個性を強調ーであると指摘します。そう、「東北地方の誰々さんご夫妻のワイン」はテロワールの文脈にあるのです。そして、「記号化されたワイン」という意味では、パーカーの作る世界と同じ舞台であるといえます。

著者の山下さんの主張の良い点は、いずれのカテゴリーをも単独で攻撃することをよしとせず、また「その土地に出かけて生産者と話してこそ」という道を安易にとることなく、一見ありきたりの結論であるようで、また実現困難な道であるとは自覚しながら、「相互承認」と「価値の共有」をキーワードとすることです。

この間接的な相互承認をシンプルにいえば、飲み手とつくり手のあいだの価値の共有ということになるだろうと思います。重要なことは、この価値の共有においては、つくり手が発信者で飲み手が受信者と一方的な関係ではなく、飲み手は単にワインを味わう受信者ではなく、そこに個性を見出すことを通じて自己表現する発信者でもあり、またつくり手は一方的にワインによって個性を表現する受信者ではなく、飲み手による解釈に開かれ、それをフィードバックするという点でアクティブだからです。

「グローバリゼーションによって延びきった生産の現場と消費の現場のあいだに、間接的な相互承認というかたちの価値の共有が必要」という主張は、コミュニケーションがヴァーチャル上で無限に可能性が広がっている現代の目指すべき方向として、大いに傾聴すべきでしょう。

尚、著者は歴史社会学や世界システム論が専門でソムリエの資格ももつ方です。本書はワイン案内書ではなく、グローバリゼーションの意味を解説するためにワインという歴史的モノを介して語ったものです。「これを読むべし」とは、ぼくのブックレビューでは書かないようにしているのですが、これは例外的に「これを読むべし」とお勧めします。

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Category 本を読む | Author 安西 洋之

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