佐々木俊尚『ネットがあれば履歴書はいらない』を読む
Date:10/1/31

もう10年近く前になりますが、「事業家であった死んだ父親に名刺は絶対捨てるな、と言われ、それ以来、頂いた名刺は必ず保管しています」と友人に言われたことがあります。一期一会のありがたみを忘れるなという意味だろうと思いましたが、「どこでいつかは分からないけど、その名刺がきっと役立つことがあるだろう」という実利的な含意もあったのでしょう。ぼくも同様で名刺は捨てたことがありませんでした。しかし、残念ですが、昨年末、膨大な量の名刺を整理しました。名刺ホルダーをいくつ揃えてもすぐ一杯になるし、ホルダーごとにジャンルわけしていても、ジャンルがどんどん変貌していくので始末に終えなくなったので、これを機会に「名刺を捨てることも致し方ない」と方針変更しました。
会社自身がなくなっている、もう転職していない、所属部署や連絡先が変更になっている・・・組織や人の変化が激しくなっている今、名刺を持ち続ける意味がどこにあるだろうと考えながら、整理をしていったのです。それでも、明らかに使えない情報が記載されていても、記念としてとっておきたい名刺もあります。その人が有名であるとかではなく、自分の思い出のプロジェクトで関わった人の名刺は捨てずに、コレクションというジャンルで別保管することにしました。このジャンルを別にして、情報が古くなっていないのに名刺を捨てる判断をしたのは、「この人は検索エンジンでみつけられる」「あの会社のサイトはなくならないだろう」「この人はあのSNSを使えばいつでもコンタクトできる」からです。名刺でしか、その人とコンタクトをとれないという場合に限り、できるだけ名刺を残すようにしました。
そのとき、今検索エンジンにひっかからない人たち(あるいはコンタクト)ー名刺を残した人たちーの共通像を考えたのですが、組織のメンバーであるケースを除くと、ある程度意識的にネットを回避する行動パターンをとっていることが思い浮かびます。ネットを使わないということではなく、ネットを使うのですが、自分をネットに出すことを恐れるか、その戦略立案に躊躇したまま歳月が流れているというケースです。実名であるかどうかでもなく、他人の目に触れる発信に神経質になっているのですーもちろん、すべてを否定的にいうのではなく、そもそもネットに出ている必要がない場合も多々あります。「リアルの世界でいやな奴がいると同じように、ネットでうるさい奴と会うのは不可避」とはなかなか思い切れない、ということでしょう。

しかし、そうそうある群集に狙い撃ちされることはないだろうし、だいたいそれだけ注目されれば逆にめっけものと思えると、違った考え方ができるようになります。それが、佐々木さんが書く、本書の副題にある「ウェブ時代のセルフブランディング術」になります。自分の名前を検索エンジンに入れて、ブランドを作るにふさわしい情報ー発信だけではなく、第三者の言及も含めーが検索結果に並ぶことを意識していくことです。その調査行為をエゴリサーチと呼びます。ここにすべてのスタートがあります。
この書で強調していることのひとつは、ネットでの継続的活動です。数年間、定期的にブログをそこそこにまともなことを書き続けていれば、そう変な人間ではないだろうーブログなど書く人間は別世界と思っている人もいますが、そこまで気を使うのは無駄ーと思われるだろうという最低保証の確保です。ブログ詐欺がいないわけではないですが、継続的に自分の世界ー日常活動の羅列的報告ではなくーを提供し続けるのは、人格的にもさほど破綻がないだろうと予想が立てやすいということでしょう。あるいは、それなりのイメージを書き手が継続的に見せられれば、まったく戦略性を欠いた頭の持ち主でもなかろう・・・・とチェックリストを埋めていってくれる一助になるのです。
当然のことながら、関心領域の一致や需要と供給のマッチングなどが起きるーたとえば、ぼくがこのブログで書いているブックレビューの著者からコンタクトをいただくこともありますー可能性もありますが、第一に自分という姿をある程度マイナスも含めて全体的にみてもらうに、ネットでの活動は有意義だとぼく自身感じています。ある一冊の本では分からない著者の考え方ー本では見せにくい、その癖や傾向あるいはある現象をそう思う要因ーを把握するに、ぼくも著者のブログで補うことが多いです。場合によっては、ブログで考え方が分かったから、本を買わなくてもいいと判断することもあります。それも、ネガティブではなく、ポジティブな意味で。著者にとっては若干の不幸かもしれませんが、ブランドとは考え方そのものであり、考えの痕跡の集積であることを、もう一度、積極的価値のあり方として思い出してください。






