東京で考えたこと(3)ー西洋紋章デザイナーの山下一根さん 2

ハイム大司教は山下さんを連れてハプスブルグ家やブルボン家など、歴史の教科書に出てくる欧州の名門貴族を紹介していきます。一度、山下さんは大司教に「どうして、私を弟子にしてくれたのですか?」と尋ねると、「神の思し召しだ」と答えてくれたといいますが、山下さんが大司教自身の人脈を有効活用するはずであると見込んだのでしょう。山下さん自身、神父になろうと決意はしていましたが、名門貴族のみならず名門企業のトップとも面識を得、心が揺らがないわけではありません。これをビジネスに使ったら・・・とも思います。(下の写真は、ケンブリッジ大学紋章学会創立40周年の晩餐会です。山下さんはハイム大司教の隣です)

しかし、彼は自分の役目は「大きな富を貧しい層に動かしていくこと」と任じ、だからこそ大司教は山下さんに多くを与えたのだと考えます。 約3年、ハイム大司教のもとで学んだ後、彼はローマのグレゴリン大学で修士をとり、マルタ騎士団の団員になります。スペイン広場に近いコンドッティ通りにマルタ騎士団の本部がありますが、ここは治外法権になっています。即ち、マルタ騎士団は外交権をもっており、113カ国と国交を結んでいるのです。そこで山下さんはマルタ騎士団のパスポートも持つに至ります。

さてデザイナーとしての活動ですが、ハプスブルグ家の当主からの紋章デザインの依頼がありました。西洋紋章は日本の家紋と異なり、個人のものです。そして結婚や死に際し、モディファイが加われていきます。山下さんはハプスブルグ家当主にデザインを提出するとき、同じ作品を二枚用意しました。その一枚に当主にサインを願います。これが彼の重要な営業ツールになります。欧州の他王侯貴族も、この信用を買います。スペイン公爵からは対価として勲章をもらいます。

山下さんはトリノの出版社から紋章の書籍を出す際、若干資金に不足しました。そこで七宝焼きの印 をローマの質屋に入れる羽目になりました。しかし、勲章は証書が重要で、神父がそういう勲章をつけてどこに行くでもないので仕方がないと諦めたようです。実際、勲章のコレクターがおり、それなりの金額で売買されているのが実態だそうです。それでは、その彼が、今、どうして東京にいるのでしょうか。

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Category さまざまなデザイン, 西洋紋章デザイナー山下一根さん | Author 安西 洋之