ミラノサローネ 2010(12) 全体像のつかみ方

ぼくがイタリアに来たのは、イタルデザインをジュージャロと一緒に設立した宮川秀之さんの元でプランナーとして修行するためでした。この話は「ぼく自身の歴史を話します」で書きましたが、1990年春、ぼくがトリノに着いたと同じ時期に来た日本人カーデザイナーがいました。日本のカーメーカーをやめ、イタルデザインでこれから働き始めるという石井明さんでした。彼はジュージャロのデザインしたアルファロメオのカングーロに中学時代に出会い、その後、ジュージャロのもとで働くことを夢見てきたのでした。そして30代半ばにさしかからんとする時、やっとイタルデザインでのチャンスを獲得したのです。イタルデザインはカロッツェリアとして大規模な会社ですが、スタイリングデザイナーは10人以下で、世界中からアプローチがきますから狭き門です。石井さんは胸膨らませてトリノに来ました。

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当時、ぼくは彼からカーデザインについて色々と教わることがありました。「10年後になっても見飽きない大人のデザインをしないとだめだ」と盛んに語り、クルマはチラチラみるものだ。日本のデザイナーは原寸大のレンダリングを近くから見すぎるもっと遠くからマスをみたほうがいい」と指摘してくれたのも彼です。石井さんは、トリノ在住5年目の頃、日本のクルマ雑誌に毎月コラムを書いていたことがありました。それを読み返していて、イタリアと日本のスピードとその質の違いに関して面白い表現をしている部分を見つけました。

かりに日・伊両チームで、10時間かかるジグゾーパズルの対抗戦をやるとする。日本側は、端から一つも残さずに律儀に埋めてゆく。3時間後には30%が、5時間後には半分は完璧にできているが、残りはまったくの白紙で、全体像はまだつかめないだろう。

対するイタリア側はどうか? 端からは始めない。まず目につく全体像をつかむことから始めようとするのだ。で3時間後、所々間違ったり歯抜けはあるが、ある程度、画面全体の主要な部分は押さえられている。5時間後には、雑ではあるが全体像が浮かび上がっているのである。

より短い時間で全体像を把握することが大変重要であると、ぼくは何度も書いているのですが、全体像はディテールの積み上げだけをやっていえばよいということではなく、別のアプローチをとらないといけないことを上の文章は言っています。結果的に、見る人の目にイメージがはっきりと飛び込みにくいとも石井さんは書いています。

日本車、とくにセダンは、50m先からでは見分けがつきにくい。一般の人たちよりも面や線の微妙な差に敏感な私たちのような職業の人間にとっても、その判別はたやすくない。2-3mに近づき、フロントグリルの格子やヘッドライトのレンズカットなどのディテールを見て初めて、非常に凝ったデザインであることが分かることが多い。

石井さんは、ここで日本のデザインを単に批判しているのではなく、マスとディテールにかける時間配分やレイアウトを見直すだけで、日本にももっと個性的なクルマが生まれるはずだとサジェスチョンしています。この記事は10数年前のものですから、正確に言えば、「サジェスチョンしていました」と書くべきかもしれませんが・・・・。

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最後のおまけに、ジュージャロのエピソードを紹介しておきましょう。石井さんが「形に対するセンスと記憶力」に感嘆した「シンデレラの靴」です。

ある時、僕たちは真っ白な石膏の上にリア・ピラーのラインを描こうとしていた。その部分の線を少し削ったので、前日に決めた元のラインはもう消えてなくなっていた。ちょうどその時、(ジュージャロ)氏が現れ、「私たちが決めたラインはこんなだった」とフリーハンドで1本のラインを描いた。それもカーブ定規も何も使わずに。その後、あるモデラーが前日にトレースしておいたトレーシングペーパーを持ってきた。確認のためにあてがってみると、ほぼ完璧に2本の曲線が一致したのである。

<関連エントリー>

「チラチラとみるデザイン」

「ぼく自身の歴史を話します」

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Category ミラノサローネ2010 | Author 安西 洋之