AXIS2月号「2030年 EVで変わる社会とクルマ」を読む

製品は単機能化と統合化をたえず繰り返してきました。携帯電話は自動車電話の子孫ですが、携帯電話がカメラ機能をとりこみ、さらにスマートフォンは小型PCとして統合型への発展を驀進中であるといえます。人工物発達学の黒須正明さんは、洗濯機と脱水機あるいは乾燥機の歴史などをとりあげ、この単機能化と統合化の各種パターンについて述べています。 往々にして新技術は新しいカテゴリーの単機能製品として市場に出され、それが他の相対的に強いジャンルの製品に取り込まれるか、他の弱い製品を取り込んでいきます。その勝負は個々の企業の市場の強さであることもありますが、どれだけ社会的システムとフィットするかが重要な鍵となります。逆にいえば、社会的システムの革新に積極的なバックをもち、それがユーザーから強く支持される製品群は生き残る可能性が高く、独立型の製品カテゴリーは強風に晒されることになります。特にネットワーク機能が重要になっている現在は、その勝敗のスピードはものすごく早くなっています。

その強風に立ち向かっているのが、内燃機関のクルマです。19世紀に自動車が誕生し、クルマは、船舶や飛行機や列車と並んで輸送システムの重要なメンバーという役割を果たしてきました。1970年代、世界中は排ガスのスモッグに覆われ、カリフォルニア州はマスキー法を実施。石油ショックもあり、世界のクルマのトレンドは大きく変わることになります。日本車は排ガス規制をいちはやくクリアした小型車を出すことで、一気に世界の舞台で主役に近い立場にたつことができました。いずれにせよ、その後も、排ガス問題と交通事故は常に批判の標的にされ、これはクルマの原罪とも言われています

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また街のシステムからも敵扱いされ、都市計画者の描く理想イメージでは、クルマの入れない道をどう作り、そこまでの公共輸送手段をどうするかがメインであり、現行のクルマとの共同歩調はあまりに距離として遠いという現実がありました。パリの新副都心、ラ・デファンスではクルマは不可視の存在へと追いやられています。1990年代からスタートしたITSは、輸送システムとしてのクルマだけではない都市システムとしてのクルマへの「進化」を予感させるものでした。ETCやナビなどが一般化し、ナビもトランスミッションと連動したりしてきましたが、都市システムへの組み込みという意味ではまだまだです。そこに2008年の経済ショックを機にはじまったスマートグリッドなど環境・エネルギー産業へのてこ入れです。

政治的意向が強く、これを批判的な目でみる人達もいますが、ここで政治が動かなければ政治とは何だ?ということでしょう。EVはこういう後押しで今、注目を浴びています都市システムとエネルギー循環システムからクルマが見られ始めたことに特徴があります。以上のポイントからAXIS2月号の標題の記事を読むと、どう読めるか?が、このエントリーの目的です。

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対象記事は「21世紀のモビリティ社会を変えるEV技術の条件」(慶應義塾大学環境情報学部清水浩教授へのインタビュー)、「ゼロミッションのクルマの楽しさとは?」(VW将来予測担当のフォフガング・ミュラー=ピエトラッラへのインタビュー)、「EVで自動車業界の盟主を目指す日産自動車」(デザインとゼロエミッション担当)、「ハートミッションビフォーゼロエミッション」(カーデザイナー和田智)、「オルタナティブからメインストリームへ」(北米の動き)、「都市インフラの一部となるエラスティックなEV」(MITメディアラボ取材)の以上です。

ぼくの上述関心に一番的中しているのはVW予測担当のインタビューです。

「社会全体、特にエネルギー供給者がクリーンエネルギー・シナリオに向っていくことが必要だ。電気自動車が使う電力は再生可能なエネルギーから得たいが、電気はどこからでも運んでくるわけにはいかないから、地域ごとに異なるシナリオを選ぶことになる。砂漠では太陽光発電が適しているし、風が強い海岸は風力発電、耕作地があるならバイオマスをやればいい」

「・・・・電気自動車は単なるプロダクトではなく、システムとして考えるべき。いろいろな可能性がある大きなテーマだけに、誤った道を歩むことは避けたい。必要な時間はかけるべきだと思っている」

VWはカーメーカーのため慎重であり、特にドイツメーカーはEVに懐疑的な態度を取り続けてきたという点を考慮しても、意見の的確性は失われていないでしょう。エンジン音がなくタイヤ音が際立つEVは将来的にインテリアが重要になるという点も、単にスペース的な次元ではなく、EVの世界観を示しており、納得がいきます。そして、このインタビューを補うのが、MITメディアラボの取材記事です。

カーシェアリングをユーザーや都市のエラスティックな状況を価格と連動させて、それによって共有する乗り物の分布を制御するというのだ。一定地域に配分するシティカーのおよその台数を見定めた後は、刻々と変化する人々の行動や都市環境に合わせて、別の変数をコントロールすることでロジスティックを最適化する。これは、物理的な自動車開発や、管理側の都合を超えた社会的プラットフォームにITを統合することで可能になる、乗り物共有の未来像といえる。

電気料金の安い夜間にシティカーに充電した電気を、昼間は送電グリッドに戻すことで、都市の電気設備の一翼を担うこともできるのだ。そうするとシティカーは、乗り物という単一の機能を超えた、文字通り都市のインフラの一部になるのだ。

クルマの動きが生きた街の動きとリンクをする考え方はラインマーカーを引いておくべきです。ナビでの迂回案内とは一見似ているようで違った発想です。プリウスのプラグインタイプが発表された今、後半のスマートグリッドの一部としてのクルマは既に実証実験がされていますから、そう夢想的な話ではありません。一方、元アウディのデザイナー、和田智さんの新しい社会のあり方を提案するのが先で、EVに盲目的に突進しているカーメーカーに警笛を発しています。ぼくが紹介してきた枠組みでいうと、VWの考え方に近く(アウディはVWだ!)、しかしながら、車業界にいるがゆえに外が冷静に見えていないとも思えます。アップルのジョナサン・アイブに「アップルが新しいクルマを出してくれ」と話したというエピソードも、そうした見方を裏側から見せてくれています。

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日産の記事は今年発売するEVリーフの開発話がメインであり、リーフは努めてEVらしさを突っ走ったカタチで見せないことに注力したとあります。「エンジン車とは異次元の滑らかで爽快な加速感を体験できる」との記述がありますが、この加速感について、慶応大学の清水教授はもっとはっきり語っています。EVのポイントは、加速、広さ、乗り心地の3点をあげていますが、クルマの原罪のひとつ、事故防止のための自動運転と加速について、こういう文章があります。

GPSなどを使って目的地を入力するだけで、乗り物が自動運転してくれる。「安全に対するリスクを考えたら、最初は自分で運転をしたいと言っていた人も、自動運転を選択するようになると思います」。とは言っても、運転好きの人っていますよね?と問うと、「加速があればいいんです。クルマが好きだってことは、加速が好きなんです」と清水氏は言い切る。

自動運転は少々トレンドから離れているように思います。ユーザーインターフェースと安全性の面から考えると、運転者には「適度な注意を要求する」ことが安全の確保に繋がると考えられており、F1にはクラッチもギアもなくなりましたが、どんなタスクをパイロットにさせるかが重要課題になっています。「加速があればいい」とは、インタビューアも対応に困ったのではないかと想像します。昔、夜中に横浜本牧で0-400を競い合ったのか?と思われる発言です。大人もカートに乗って楽しいのは、キビキビした動きとそれにあったスピードであり、マツダやロータスのロードスターで田舎道を走っての快楽は、これらのバランス感覚を刺激してくれるからでしょう。EVの動作性が高いことは確かですが、「加速万歳」は、やや20世紀初頭の言葉に思えます。

自動車を大量生産して適正な価格で販売するには、年間10万台つくらなければならない。世界でいち早く10万台の電気自動車を売ったメーカーが現れたら、それから7年で、クルマは全部電気に変わるでしょう。それを決めるのはユーザーです。替わるキッカケとなるポイントは2013年くらいと思っています。もっと早く成功者が出てくる可能性はあります。

全部かどうかは分かりませんが、7年あれば、世の中が変貌するに十分な時間です。VWの予測はもっとゆっくりで、各国政府の目標をみても、2020年に新規登録の10%が環境対応車というあたりが妥当なラインになっています。清水教授の発言にはオーバーな表現がありそうだということを考えても、2013年あたり、つまりEVの二代目が市場に登場する時期に方向が見えてくるのはオーバーではないでしょう。以下、プリウスの販売台数推移をみると、プリウスの2010年は見所です。発売から7年の2004年で10万台を超え、昨年、日本国内販売ラインキングでプリウスが首位にたったので、7年説の裏づけデータになる可能性はありますーというか、清水教授は、このデータで7年説を言っているのかもしれません。

【プリウス販売台数】 *トヨタ調べ
単位 : 千台
1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
(1-4月)
累計
合 計
0.3
17.7
15.2
19.0
29.5
28.1
43.2
125.7
175.2
185.6
281.3
107.1
1,027.7
日本
0.3
17.7
15.2
12.5
11.0
6.7
17.0
59.8
43.7
48.6
58.3
24.2
315.0
海外
6.5
18.5
21.4
26.1
66.0
131.5
137.0
223.0
82.9
712.7
北米
5.8
16.0
20.3
24.9
55.9
109.9
109.0
183.8
66.1
591.6
欧州
0.7
2.3
0.8
0.9
8.1
18.8
22.8
32.2
14.2
100.7
その他
0.01
0.2
0.2
0.4
1.9
2.9
5.3
7.0
2.6
20.4

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これらを見ると分かるように、ロジスティックシステムにプラスして、都市システムやエネルギーシステムのなかにクルマがやっと視野に入ってきたことが分かります。1980年代、JRの駅で傘のシェアリングサービスがはじまったのをみて、これは自転車→クルマと移行していくだろうなと思っていたぼくにとって「やっと」です。そのころ、ルノーが都市計画者と自動車の開発者が研究会で同じテーブルにつきはじめたという記事を雑誌ー確か、最近休刊が発表された自動車雑誌のNAVIだったような気がしますーで読み、その当時、日本の自動車メーカーにいたぼくは、ルノーを羨み焦ったものですしかし、「やっと」ながら、そういう時代になってきたことが、ぼくにはことのほか嬉しいです

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「電気自動車を作るのはやさしい?」

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Category 本を読む | Author 安西 洋之