「可愛い女の子」が座るスペースと場所

昨晩、年末に放映された日本のTV番組をみていて、少々考えさせられました。内容は日本のコンテンツを輸出するプロジェクトの紹介です。秋元康がプロデュースしているAKB48を「ネタ」に海外市場でビジネス化を図るというものです。「ネタ」としたのは、ビジネス化はAKB48そのものの紹介より劇場コンサート、TV、ネットをセットにし、このビジネスモデルを売るからです。現在、各国で似たTV番組ーオーディション番組やクイズ番組などーがそれぞれの国のタレントで放映されていますが、それはフォーマット販売の成果です。AKB48も、各国で各国の「可愛い女の子」が日本と同じシステムで競い合うことを提案しています。週刊ダイヤモンドWEBに番組の要旨が紹介されています。秋元の言葉があります。

「私の学生時代は欧米にあこがれていました。音楽もファッションも、そんなものを作りたいと思っていました。しかしAKB48は違います。アメリカ風に もフランス風でもないこれが日本だというもの。つまり納豆なのです。クリームチーズを入れて食べやすくしたりしません。海外のバイヤーにとって異質で、強 烈な経験だったことでしょう。だから逆にそれに惹かれたと思います」

コンセプト自身については、一切、ローカライズを考えない、いわばプレイステーション的発想です。プラットフォームを自分で構築する考え方です。フォーマット販売というコンセプトは良いと思うし、秋元がカンヌの見本市での商談から「簡単に外国人に納得されないのは、いいことだ。すぐOKと言ってもらえるものは、中身が薄い。NOの回答が続く内容にこそ、容易に真似されない濃さがある」といった主旨をインタビューで話しています。かなり意味深です。これは「考え方の輸出」ですから、説得には時間がかかります。だからこそ、エッセンスを守れるというのは傾聴に値する意見です。

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ヨーロッパで東洋人と結婚をした男性たちが、割とよく語っていることに、「強すぎない女性がいい」という表現があります。どんなに強いと思われる東洋人でも、ヨーロッパの弱い印象を与える女性よりは「癒される」と言った意味合いが含まれています。AKB48のドキュメンタリーを見ながら、考えたのは、このことです。AKB48に熱い人達はネットで日本のアニメなどに情報を集めている人達ですが、そういう存在は確かに一定の層を占めています。その彼らが、社会のメインの価値を作る人ではないが、無視できるほど小さくもなく、且つそのレイヤーは増加することはあっても、減少することは当分なさそうです

米国と違いヨーロッパのサブカルチャーは、もっとメインカルチャーと対峙しています。そして、それがメインカルチャーあるいは社会の風景のなかに視覚化されることは少ないです。今のところポケモンの飛行機がヨーロッパの空を飛ぶことはないでしょう。イタリアにかなり強烈なポップ調銀行(以下、インテリア)があります。

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まったく銀行らしからぬインテリアですが、これがアニメのキャラクターで親しみを強調することはないのです。ですから、AKB48的な「可愛い女の子」を受け入れる社会のなかでのスペースの広さとポジションが常にチェックの対象になります。そこには、往々にして「幼児性」というイメージが想起されるからです。これは社会的に視覚化するのではなく、個人的に隠す方向にいく傾向にあります。

今朝、たまたま日経ビジネスオンラインを読んでいると、アウディのデザイナーであった和田智さんが書いている記事に目がとまりました。「「こども店長」に感じる違和感 ドイツのおやじはなぜカッコイイのか」というタイトルです。

仕事以外でも日本とドイツは真逆な国と感じることが多くあります。日本の男性に、「美人と可愛い女性、どちらがいい」と尋ねれば、9割方が可愛い女性と答えるのではないでしょうか。私の印象では、ドイツには美人はいても可愛い女性はほとんどいませんでした。

概して独立心が強く、男性に媚びたりしない。男性、女性にかかわらず個人としての意識がとても高い。そこで「女性に優しいデザインです」「女性のためのデザインです」なんて言ったらぶっ飛ばされるのではないかと思うほどです。したがってドイツにはかっこいい商品はあっても、可愛い商品はまずないのです。媚びたり、甘えたりたりする商品が許されないのです。

先に書いたように、「可愛い」の視覚化はメインカルチャーと馴染まないもので、またドイツのクルマ文化とも縁遠いものですが、ランチャのイプシロンクラスであれば、違った文化もあるでしょう。要するに趣味は多様だし、視覚化していないけれど心の底では抱えているフラストレーションがあることを今まで書いたわけです。そのフラストレーションへの対応としてAKB48がマッチするかどうか、これがテーマになると思うのです。外国語版のグーグルの画像検索で日本をインプットすると、ロリータ系の画像も多いですが、これをどう読むかです。

もう一点、和田さんの視点で気になったのは、この後に和田さんは日本では子供に媚びていると書いています。水谷修さんの『ドラッグ世代』のレビューで引用した部分をペーストしておきます。もう少し時間軸と社会全体への目配せが、和田さんの主張に加わるといいだろうと思いました。

これまで大人たちは、若者が努力して大人に近づこうとすることを当たり前の こととしてきた。これは、大人に権威があり、子供が大人になることを夢として持つことができた時代の話である。今は、通用しない。若者たちは、多くの大人 がただ自分たちより年をとっているつまらない存在であると感じている。私たち大人が若者に近づいていかなくてはならない。そして、大人も捨てたものではないことを若者に伝えなければならない。

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Category その他, セミナー・講演など, ミラノサローネ2010 | Author 安西 洋之

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