海外で働くことをオプションとして考える

今朝、このブログのアクセス分析を眺めていたら、「僕自身の歴史を話します」へのアクセスが急増していました。参照先を調べてみると、シリコンバレーの渡辺千賀さんのブログです。海外で働く体験談集が集められていて、そのなかに上記のエントリーが掲載されていました。そこで半年くらい前に渡辺さんのブログにコメントをつけたのを思い出しました。これがテーマとして特集されたのは、確か絶望感の漂う日本で汲々とするだけでなく、日本の外で働くこともオプションとして考えたらどうか・・・というなかで海外で働いている人達の経験を募ったと記憶しています。

最近、「日本脱出」という表現をよく見かけます。一定期間の職業体験を可能とするワーキングホリデイを各国政府が実施したことで、日本以外で働く経験の幅は随分と広くなったと思います。それまでは、日系企業の駐在員であることが海外の職業経験の圧倒的にメインであったと思います。もちろん、今もメインであることに変わりありませんが、「それ以外」の選択肢が増えてきたわけです。それにも関わらず、「日本の温泉でまったりするのがいいや」「わざわざ海外で苦労する理由もないよね」という台詞に代表されるようなトレンドもあり、必ずしも駐在員以外のカタチで海外で働くことは一般化していません。

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昨年、ヨーロッパ文化部ノートで、イタリアの医療関係者が海外で働く機会をみつけるイベントを実施したら3日間で400人が集まったというニュースを紹介したことがあります。英国の人間がオーストラリアやカナダに移住するのとは根本的に違う話です。英国は英国でサッチャー改革の影響の影の部分として、この10年、英国脱出の数が急増したのですーが、メインの行き先は英連邦が多いのですー。それにしても、英語国民であれ非英語国民であれ、ヨーロッパ人の海外で働くことの敷居はーEU圏外に対してもー日本の人達と比べると低いのは確かです。こういう事例と比較して、日本では「必ずしも海外で働くことは一般化していません」と言えると思います。だから「母国脱出」という言葉に、日本特有の意味が加わるのです。

「脱出」というのは、もともと「日本を離れた奴のことなんて構うか」という心性があるところに対する反逆を試みる行為であるというニュアンスがあります。野茂のアメリカ行きから中田のイタリア行きというスポーツ選手の海外舞台への移動があり、一時は「海外で働くのも普通になってきたし、昔のように旧態依然たる『日本で成功しないと海外に行っても駄目』ということもなくなったね」と言われました。それでも「松井は、いつも日本のファンを尊重して偉いよな」と言われるのです。しかし、そういうこととは全く別に、「やっぱり、南仏で人間らしい生活をしたい」と願うー特に女性のほうが現実化しやすいー人達が少なからずいることも確かなのです。あるいは、ある専門を極めていくなかで、必然的に日本という枠を飛び出さざるを得ない場合もあります。医者、研究者、技術者、デザイナー・・・・。

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ぼく自身の意見を言えば、何度も書いているように、視点を多くもつことを最低限の素養として持たなくてはいけないレベルの人達がある一定数いるはずで、この人達が専門家のケースと同じように、日本という国境を超えざるをえないということだと思います。その人たちが、あるゆる理由を弁解として多用し日本になんとかして留まろうとするのは、結果的にストレスフルなことじゃないかと想像します。「本来であれば、マーケットはヨーロッパまであるはずだが、どうもあそこまで出かけて一からやるのは面倒だ」と思っていれば、早晩自らのビジネスの首が絞まってくるのですから。

一方、渡辺さんが体験談を募集した動機は、「やっぱり、残業して帰宅してコンビニ弁当でごまかすのではなく、サントロペの海岸でゆっくりして、バランスある時を過ごしたい」ーこれは単に時間的に楽をしたいという意味合いでの事例ではなく、自分の価値を重視するという事例ーという極めて個人的なレベルでのライフスタイルの実現を優先させることに比重があったのではなかったかとも想像しますがーあえて、半年前のブログを再読していませんがー、この場合、「いわれなき不合理な社会的制約から逃れる」ことが重要であるということだと思います。

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できるだけ嫌なことは回避し、自らが合理的であると思える生活環境を作ることを考える。もちろん渡辺さんは、「面白い刺激的な仕事」を優先することを前提として語っているのですが、それは実のところ、ライフスタイル重視型と密接にリンクするのではないかと思うのです。つまり、不利と思える外的状況を自分に有利に思える条件に変更するー自らが移動することによってーというのは、結果的にロンドンのシティで睡眠不足の生活を送ったとしても、自分を大切にすることになるのだと思うかどうか、あるいは思えるかどうかを価値基準の上におくということになります。したがって、この文脈における「海外で働く」という表現には「脱出」という言葉がオーバーラップします。

小澤征爾がサイトウキネンオーケストラの活動をはじめたのは50歳周辺だと思いますし、明石康が日本で活動をはじめたのは国連をやめてからです。「日本の社会を良くしたい!」と願い動くことに共感するのはいいですが、彼らを常に見習い「やはり、日本のために尽くすべき」というプレッシャーを必要以上に感じるのも無駄なことです。精神的状況として「野茂以前」です。1) そこにエネルギーを費やすには時期的に早い若い世代の人たちが理不尽に潰れない道がどこかにあり、2) その一つのチャンスに海外で働くことがあり、3) そのオプション自身の存在が精神的なプレッシャーを軽減するものであるなら、「脱出」は悪くない試みです。

そして、「色々経験してみて、今度は日本の社会の向上に自分を試してみたい」と思ったときに、それをやればいい・・・・。

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Category 僕自身の歴史を話します | Author 安西 洋之