僕自身の歴史を話します(22)ー欧州文化に生きる

どこまでがユニバーサルで、どこからローカライズすべきか、その判断が大事だと書きました。厳密に言えば、これは国だけではなく、社会階層や世代にもよります。またサブカルチャーやインターネットの浸透は、共通基盤の拡大に貢献しています。ですから、何となく同じになってきたのではないかと思うところに落とし穴があります。表面的に同じように見えるからこそ、その根底にある違いに足元をすくわれてしまいます。「2008 ミラノサローネ」で指摘したのは、この点です。いずれにせよ欧州文化も変容するのですが、その変容のスピードが日本と比較すると遅い。常に新しいインプットを咀嚼するのにより時間をかけるのです。

随分と遠回りした説明になってしまいましたが、ぼくが色々なビジネス経験をしてきた結果、その経験を統合して相手にすべきは、欧州文化そのものになったということです。今までやってきたビジネスを現場で継続しながら、欧州文化への見方を自覚的に、普遍的な評価ができるものに発展させていく。大げさな言葉を使えば、これがぼく自身の使命ではないかと考えはじめたのです。2005年あたりからでしょうか。欧州に住み始めて15年経過した頃です。大学時代からふくめれば、欧州文化になんらかの形で継続的に接してきて25年以上経っています。

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欧州文化の研究者は江戸の時代からカウントすれば、それこそ星の数ほどいらっしゃる。多くの成果を積み上げてきました。だからぼくが欧州文化を真っ向から相手にするなんて恐れ多いとも思います。何かを何処かで言えば、地雷のごとく、「いや、あなたはそのあたりの事情を正確にご存知ない」と言われる可能性がとても高い分野なのです。「それはギリシャ哲学の、こういう思想に基づいているのです」「キリスト教の教会発展史を知らないと分からないでしょうね」と言われるかもしれません。

しかし、それを恐れていては、日本の製品はいつまでたっても欧州市場でまともに扱われない一方、日本では気位ばかり高くなっていく。そのようなサイクルをどうにかして正常な向きに変えていくには、欧州文化の見方を多くの方に語りかけていくしかない。そのプロセスで、ぼくの見方に独りよがりの部分があれば、それを随時正していく。こういう活動を続けていくことが、文化を孤立したものではなく、経済活動と不可分なものとして位置づけることを促進し、その結果、経済活動自身がより長期的な視点で安定したストラクチャーを獲得する。そういう考えのもとで、ぼくは「2008 ミラノサローネ」を2ヵ月半に渡って書いたのでした。

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Category さまざまなデザイン, 僕自身の歴史を話します | Author 安西 洋之