僕自身の歴史を話します(21)ー欧州文化に生きる

電子機器のユーザーインターフェースに関わるにつれ、欧州文化が工業製品の開発において未開拓地のような場所になっていることに気づきました。日用品のマーケティングや自動車デザインなどは、かなり以前から欧州文化の理解に努めてきましたが、比較的新しい領域であるユーザーインターフェースの世界では違うのだと分かったのです。しかし、一度そういう観点で色々な分野を見始めると、既によく分かっているだろうと思っていた分野でも、欧州文化への理解が不足していることが目につきはじめます。しかも、欧州文化を専門とするアカデミズムにおいてさえ、今のリアリティのある欧州を把握しているとは言い切れないと思ったのです。大学時代にフランス文学科にいた人間としては、かなりショックでした。

かつて文化事業を手がけた宮川氏が「文化を事業にしようとしてお金を取ろうとすると人は来ない。かといって無料にすると、人が来すぎて対応しきれない」と語ってくれたことがあります。宮川氏のトスカーナの文化センターはおよそ10年くらいで閉めたのです。 文化がビジネスとして如何に成立しにくいかを傍で見ていたぼくは、独立してからは文化にはあまり近づかないようにしてきました。魅力あればあるほど、足元を固めておかないといけません。いわば文化マターはぼくの内に封印してありました。しかし、「文化理解」というテーマがビジネスとして成立するのであれば、封印を解くべきだと考えました。

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経営学やマーケティングの観点から「異文化理解」「異文化コミュニケーション」というテーマが、特に米国の多国籍企業のなかで第二次世界大戦後に注目されてきました。つまり国際人事面だけではなく、商品の市場適合性という面でも参照されていたわけです。スウェーデンのイケアに関する本を読むと、イケアは米国市場へ参入した際、それまで世界均一で生産してきたベッドやテーブルではサイズが小さすぎ、また欧州で売れる洋服ダンスは小部屋をそのままクローゼット替わりに使う米国では不人気だったとあります。大量に均一製品を作るからこそコストを抑えられるという条件あるいはポリシーとローカライズの狭間で苦しんだようです。結果、基本は世界均一でありながらも、少数のアイテムはその国独自の製品を開発し、米国向けの大きなふわふわしたソファを、逆に欧州にももっていったらヒットしたというエピソードも紹介されています。

どこまでユニバーサルが通用し、どこからローカライズが求められるか、この判断をするための文化の見方がどの領域でも求められているとの一例です。

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Category さまざまなデザイン, 僕自身の歴史を話します | Author 安西 洋之