僕自身の歴史を話します(20)ー経験の統合

電子機器のインターフェースをみていると、如何に市場の文化的素養が必要かを痛感します。外国らしいデザインがブランド性を高めることがありますが、ユーザーインターフェースは、痒いところにも手が届く発想が必要です。グラフィックや適切な言葉だけでなく、ユーザーの考え方あるいは考える道筋などについての適合性が求められます。デザイン、人間工学、認知心理学、文化人類学、これらの素養を援用しながら最適化を図っていくわけです。こういう分野に接していると、家具デザインのターゲットの絞り方や表現が実に気になります。

人は止まっているときより、何らかの行為をしているほうが性格の特徴が出やすいですが、電子機器インターフェースも、持ち歩き動きながら使う機器は、より直感で把握できるインターフェースでないといけません。家具のデザインをするのに、このインターフェースと同じような気配りは余計かもしれません。しかしながら、「2008 ミラノサローネ」で紹介したように、日本人のコンテンポラリーアーティストが作品を欧州人のロジックに分かるような見せ方を行い、適切な文字情報を解説として提供したら、批評家やコレクターの反応が全く違った。この例にみるように、その先のもうひとつの頭と気の遣い方次第で、結果が全く違ってくるのです。これはユーザーインターフェースの開発で使う頭と近いところを使っています。

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このあたりのくだりからも、「2008 ミラノサローネ」でかなり手厳しく日本のメーカーの展示方法を批評した背景が分かるのではないかと思います。たぶん、「欧州の人に何かを表現する場合、ユーザーインターフェースと同じような頭を使うべきではないか」とのっけから言われたら、みなさんは分かったような分からないような気持ちになるのではないでしょうか。が、コンテンポラリーアートの例は、もう少しダイレクトに分かってもらえる材料になるのではないかとも考えました。いずれにせよ、色々なアングルから語らなければいけない。そう思っています。

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Category さまざまなデザイン, 僕自身の歴史を話します | Author 安西 洋之