僕自身の歴史を話します(18)ー経験の統合

時計の針を早回しします。宮川氏がイタリア人の女性と結婚し、大きな地球家族を築いたことを以前に書きました。奥さんのマリーザさんとは常に行動を共にしていました。クライアントとのミーティングも同席。ぼくが1989年に宮川氏と帝国ホテルで初めて会った時も、隣にはマリーザさんがいました。そのマリーザさんが2003年のクリスマスに突如この世を去ったのです。数日後、ぼくは雪の積もるトリノの教会に駆けつけました。

葬儀で神父 は「マリーザは若い人たちの世話など細かいことを日々丁寧にこなしながら、いつもその先に大きな目標を設定し実現に向かい、小さな日々のことどもを将来的に統合することに生きた」という意味のことを語ります。その瞬間、この「統合」(英語でいうintegration) という言葉が身体中を駆け巡り、「統合」とはどういうことを意味するのかが体で理解できたのです。ここにぼくのひとつの転機があります。

職業経験を車業界からはじめ、濃淡の差はありますが、それまで文化、建築、建材、工業デザイン、家具、雑貨、ハイテクといった分野をみてきました。そして2003年は、カーナビなどの電子製品のインターフェース、それも欧州市場向けのローカライゼーションのプロジェクトにも足を踏み入れつつあったのです。これはぼく向きの仕事であると瞬時に思いました。今まで関わったすべての経験が活用できるのです。あえて言えば、「知識が分断された人間」には分かりにくい世界だろうと感じました。1990年代初め、一台1億円のスーパーカーの品質を見るようにと宮川氏から言われたことが、「職務分担された自分」への訣別の契機になりましたが(実は、その時からルネサンス的工房やバウハウスのコンセプトが気になりはじめました)、この2003年末のマリーザさんの葬儀をきっかけに、自分の「人間力」そのもので勝負する心構えができてきたのです。

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大学でフランス文学科を選択したのは、全体性の把握への関心でした。日本の自動車会社をやめてイタリアに来たのも、より幅広い分野にコミットするためでした。そしてそれらをひとつの方向にまとめきるタイミングがきたのではないか、「統合」という言葉を伴ってそういう思いを強くもったのです。「人生において無駄な経験なぞ何もない」ということは頭では分かっていました。「すべては人間力勝負だ」とも、それまでも思うことは多々ありました。が、それがぼくの人生で具体的にどう全体的な姿として色を添えて表現されてくるのか、それが見えなかったのです。そこに光明がやっと見えてきました。40代半ばにさしかかっていました。

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Category さまざまなデザイン, 僕自身の歴史を話します | Author 安西 洋之