ミラノサローネ 2010(1)-今から書くわけ

このブログへのアクセスを眺めていて、先月はじめあたりから気になることがあります。キーワード検索で「ミラノサローネ 2010」でアクセスしてくる人が急増してきたのです。来春4月のミラノサローネの出展を考えるに際し、トレンドをおさえアイデアを考えていこうという人達ではないかと想像されます(もし、そうであれば、手を挙げてくれると嬉しいです・・・Twitterで返事くれてもいいですが)。「そうか、そういう季節だな」と認識すると不思議なもので、「じゃあ、ぼくも、そのトレンドを考え始めようか」という気になりはじめます。で、それなら、いっそうのこと「ミラノサローネ2010」でシリーズをスタートさせてしまえ!と決めたわけです。同テーマで3年目です。

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ネットの普及によって、ある事件が瞬時に伝わるだけでなく、感情自身も一瞬にして世界に広まるようになってきたーNYの911に象徴されるようにーと皆が認識している一方で、どれかでアウトプットしたからといって、それが全てに広まるわけでもないということにも気づきつつあります。それはTVや新聞の影響力の低下だけでなく、ネット自身でも、どれかに集中投資すれば全てに広がるということにはならなくなっています。海部美知さんの「オバマのいわゆる「Twitterおよびネット戦略」の今更解説」にもあるように、FACEBOOKやTwitterだけで世の中の流れが決まるということはなく、しかしながら、多くのメディアのなかのそれらのエレメントを落とすようでは、戦略を実施したことにはならない。では全てに手を自ら染めないといけないのか?といえばそうではなく、オバマの実例にあるように、ダイナミックに自らが動くネットワークーいわばボランティア的にネットの網を各々が張り巡らしていくーをどうオーガナイズしていくかが鍵になります。

鶏が先か卵が先かということにもなりますが、世の中のフラット化は、色々なメディアで普通の人が発信できるようになったーまさしく、このぼく自身も!-ことと並行して、権威の没落という現象もありました。ある有力な評論家や学者がこうだといえば、その社会事象の判断が正解とされることはなく、すべてはOne of Them であるのが今という時代です。しかし、その一方で個人ブランドの急騰という現象もある。が、ここでいう個人ブランドは、個々人の情報量勝負ではなく、どちらかといえば「社会のある共感を鏡でうつしとる上手さの優劣」という傾向が強いように思えます。だから、その個人ブランドが世の中を引っ張るのではなく、その個人ブランドに表れる意味ーそれは、かつてビートルズや山口百恵でもあったことではあるが、彼らは一般の人びとではなかったーがうねりとなることにより注目しないといけないことになります。

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難しいのは、一見フラット化したようでも、かつての権威ストラクチャーが完全に消滅したわけではなく、それは残骸以上の実質性をいまだもっているからやっかいです。村上春樹流にいえば「やれ、やれ」です。ミラノサローネには30万人以上、それもデザイン関係の人たちがメインで市内500箇所以上のイベントを動きまわり、その動向は従来のマスメディアにもとりあげられるわけですが、ミラノサローネ自身にーパリやミラノのファッションのコレクションが他地域より重視され、今年の東京モーターショーが惨敗気味であったようにー権威はついてまわります。ただ、分野のエキスパートの声が判断の唯一の物差しではないのは確かです。それでは、ミラノサローネに出展する際、誰の意見を聞けばいいのでしょうか?誰のアイデアを参考にするといいのでしょうか?だいたい何を考えればいいのでしょうか?このあたりから、今回のシリーズをはじめてみましょう。不定期に書いていきます。

過去、2008年と2009年のミラノサローネについては、右側にあるブログのカテゴリーから見に行ってください。それぞれ50以上の記事が入っています。

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Category ミラノサローネ2010 | Author 安西 洋之